驢鞍橋 / 卷下
誠に然るへきこと也何れの道の輩も、正直にその道を守り、家職をだに勤め居たらば、どこにありても天然と食分斷ゆべからず諸人是れを知らす、家職を忘れて、非分に衣食を求る間、天命に叶はす、殊に出家人抔は、何くの野の末、山の奧にありても、佛制に背かす、佛行を正くし、眞の道をだに守り居らば、食盡くべからずと也
新字:誠に然るへきこと也何れの道の輩も、正直にその道を守り、家職をだに勤め居たらば、どこにありても天然と食分断ゆべからず諸人是れを知らす、家職を忘れて、非分に衣食を求る間、天命に叶はす、殊に出家人抔は、何くの野の末、山の奥にありても、仏制に背かす、仏行を正くし、真の道をだに守り居らば、食尽くべからずと也
書き下し
誠に然るへきこと也何れの道の輩も、正直にその道を守り、家職をだに勤め居たらば、どこにありても天然と食分断ゆべからず諸人是れを知らす、家職を忘れて、非分に衣食を求る間、天命に叶はす、殊に出家人抔は、何くの野の末、山の奥にありても、仏制に背かす、仏行を正くし、真の道をだに守り居らば、食尽くべからずと也
現代語訳
まことにそうあるべきことである。どの道の者も、正直にその道を守り、家職さえ勤めていれば、どこにいても自然と食い扶持は絶えないはずである。人々はこれを知らず、家職を忘れて、分に過ぎた衣食を求めるので、天命にかなわない。とりわけ出家人などは、どこの野の果て、山の奥にいても、仏の制に背かず、仏行を正しくし、真の道さえ守っていれば、食が尽きることはないのである。
解説
座頭の話を受けて、正三は、どんな職業の人も正直にその道を守り、家業を勤めていれば、どこにいても自然と食べていける、と言う。人々はそれを忘れて、自分の仕事をおろそかにし、分不相応な衣食を求めるから天命にかなわない、と。僧も戒律を守り、真の道を行えば、山奥にいても食に困らない。自分の職分を誠実に果たすことが生活の支えになるという、職業即仏行を生活の面から語った、信頼に満ちた教えである。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
家職正直天命職業即仏行生計誠実
関連する章句
-
『論語と算盤』成敗と運命・成敗は身に残る糟粕とにかく人は誠実に努力黽勉して、自ら運命を開拓するがよい。もしそれで失敗したら、自己の智力が及ばぬためと諦め、また成功したら智恵が活用されたとして、成敗にかかわらず天命に托するがよい。かくて敗れてもあくまで勉強するならば、いつかは再び好運に際会する時が来る。人生の行路は様々で、時に善人が悪人に負けたごとく見えることもあるが、長い間の善悪の差別は確然とつくものである。ゆえに成敗に関する是非善悪を論ずるよりも、まず誠実に努力すれば、公平無私なる天は、必ずその人に福し運命を開拓するように仕向けてくれるのである。
-
『囲炉夜話』第九十六則・木訥は仁に近く巧令は仁鮮し易に居て命を俟ち、危を見て命を授く。命を言ふ者は、總て其の正を順受するに外ならず。 木訥は仁に近く、巧令は仁鮮し。仁を求むる者は、即ち從りて入るの方を知るべし。
-
『翁問答』上卷之末かの病人悪寒発熱の病勢おとろへ本服しぬれば、常の人の如くに暑き寒さをおぼゆるものなり、その如く運命のいきをひおとろへて其分数極まりぬれば、必らず悪人は六極のがれ難く、善人は五福をうくるものなり、しかるゆへに盗跖は無病息災に難なくながいきして暮しぬる様なれども、おのれと六極の剛悪におちいりて、至誠無息の神理をうしなひ、万世不朽の悪名をながしぬれば、六極の報応さだかならずやまた顔子は箪瓢陋巷不幸短命なれども、五福の攸好徳をうけ、真楽の介福めでたく長在不滅の神理あきらかにして、万世きはまりなく、公爵の追贈四配の祭祀をうけ給ひぬれば、五福の嚮命あきらかならずや運命のいきおひによつて一旦見かけは福善禍淫の常にたがふやうなれども、畢竟しんじつの端的終には天命本然の常にたちかへるものなり、
-
『大和俗訓』巻之四・心術下一天命は天のくだす所、人のうくる所なり。命は猶令のごとしとて、下知の意なり。天よりくだる故に天命といふ。天命に常あり変あり。善を行へば福あり、悪をすれば禍あるは常なり。善人に禍あり。悪人に福あるは変なり。人の吉凶、禍福、寿夭、富貴貧賤、万の幸不幸、皆天の命ずる所なり。人間の万事、天命にあらざる事なし。或は生れつきて定まり、或は時により不慮に命くだりて、偶然として福にあひ、わざはひにあふ。求めても命なければ得がたく、求めざれども命あれば得やすし。唯人の法を行ひて、天命をまつべし。善を行ひて福来るは常の理なれども、もし禍あるは、是また天命の変なれば、うれふべからず。およそ人天命を知りて、命にまかせ、うれひなき工夫をなすべし。天命を知らざれば、命のさだまりありて、福の求めがたく、禍の去りがたき事を知らず。利につき、害をさけんとし、人にへつらひ、神にへつらふは見ぐるし。愚なりといふべし。故に論語に、命を知らざれば以て君子たること無きなりといへり。
-
『初学訓』巻之三一人力を以て天命を得る道あり。士は、君に仕へてよく勤むれば、君の寵を得て、禄あつし。農は、田をつとめてよく作れば、秋のなりはひ多し。工商は、其家業をよくつとむれば富む。およそ、四民ともに、よくつとむれば家富む。古語にも、人生はつとめにあり、つとむれば乏しからず、といへり。又倹約を行ひて、濫りに財を費さざれば、よく家をたもちて貧しからず。又養生をよくつつしめば、命ながし。是皆、人力を以て天命を得る理あり。
-
『都鄙問答』卷之四・或人主人行狀ノ是非ヲ問ノ段答ふ、其の一家一門の議は、皆々法を知らざるゆへなり。道有りて聚むる金銀は天命なり。天の賜ふ財を舎てず、天の命にそむかず、約を以て礼の本を守れり。又道を行ふ者は、他のそしりは、有るならひなり。孟子曰く、傷むこと無し、士は茲の多口に憎まる。詩に云ふ、憂心悄悄たり、群小に慍まると。孔子なりと。聖人の行ひは、小人の行ひに違へる故、衆の口の為に、孔子も譏りに逢ひ玉へり。又美食を好まざるは、身の分限なり。二汁五菜七菜などと云ふ重き料理は、下々のことにあらず。御上より品を分けて見ば、汝の親方の料理は、今少し奢にても有るべし。それを一門衆は、箸を取り初むる計りとは、分を知らざる奢る者なり。先づ飢饉年には、飯米の調へ代を借り、汝の親方の恵みにより飢ゑに及ばず、それを忘れ、身の分を知らず、