春秋左氏伝 / 僖公五年 虢を滅ぼし虞を取る
八月,甲午,晉侯圍上陽,問於卜偃曰:「吾其濟乎?」對曰:「克之。」公曰:「何時?」對曰:「童謠云:『丙之晨,龍尾伏辰;均服振振,取虢之旂。鶉之賁賁,天策焞焞,火中成軍,虢公其奔。』其九月十月之交乎?丙子旦,日在尾,月在策,鶉火中,必是時也。」冬,十二月,丙子朔,晉滅虢,虢公醜奔京師。師還,館于虞,遂襲虞,滅之。執虞公及其大夫井伯,以媵秦穆姬,而脩虞祀,且歸其職貢於王。故書曰:「晉人執虞公。」罪虞,且言易也。
新字:八月,甲午,晋侯囲上陽,問於卜偃曰:「吾其済乎?」対曰:「克之。」公曰:「何時?」対曰:「童謡云:『丙之晨,竜尾伏辰;均服振振,取虢之旂。鶉之賁賁,天策焞焞,火中成軍,虢公其奔。』其九月十月之交乎?丙子旦,日在尾,月在策,鶉火中,必是時也。」冬,十二月,丙子朔,晋滅虢,虢公醜奔京師。師還,館于虞,遂襲虞,滅之。執虞公及其大夫井伯,以媵秦穆姫,而脩虞祀,且帰其職貢於王。故書曰:「晋人執虞公。」罪虞,且言易也。
書き下し
八月、甲午、晉侯上陽を圍み、卜偃に問ひて曰く、「吾其れ濟らんか」と。對へて曰く、「之に克たん」と。公曰く、「何れの時ぞ」と。對へて曰く、「童謠に云ふ、『丙の晨、龍尾辰に伏す。均服振振として、虢の旂を取る。鶉の賁賁たる、天策焞焞たり、火中して軍を成し、虢公其れ奔らん』と。其れ九月十月の交か。丙子の旦、日は尾に在り、月は策に在り、鶉火中す、必ず是の時なり」と。冬、十二月、丙子朔、晉虢を滅ぼし、虢公醜京師に奔る。師還りて、虞に館し、遂に虞を襲ひて、之を滅ぼす。虞公及び其の大夫井伯を執へ、以て秦穆姬に媵とし、而して虞の祀を脩め、且つ其の職貢を王に歸す。故に書して曰く、「晉人虞公を執ふ」と。虞を罪し、且つ易きを言ふなり。
現代語訳
八月甲午の日、晋侯(献公)は虢の都である上陽を包囲し、卜官の卜偃に問うた。「わたしは成功するだろうか」。卜偃は答えた。「勝ちます」。公は言った。「いつだ」。卜偃は答えた。「童謡にこうあります。『丙の日の明け方、龍尾の星(尾宿)は太陽に隠れて見えない。揃いの軍服はきらびやかに、虢の旗を奪い取る。鶉の星は輝き、天策の星はかすかに光る。鶉火の星が南中するとき軍は成り、虢公は逃げ出すだろう』。それは九月と十月の変わり目でしょうか。丙子の日の夜明け、太陽は尾宿にあり、月は天策にあり、鶉火が南中します。必ずその時です」。冬十二月丙子の朔日、晋は虢を滅ぼし、虢公醜は周の都に逃げた。晋軍は引き揚げる途中で虞に宿営し、そのまま虞を襲って滅ぼした。虞公とその大夫井伯を捕らえて、秦に嫁ぐ穆姫(献公の娘)の付き人とし、一方で虞の祖先の祭祀は絶やさずに続けさせ、虞が納めていた貢ぎ物も周王に納めることにした。それで『春秋』は「晋人、虞公を執う」と書いた。「虞を滅ぼした」と書かず「虞公を捕らえた」と書いたのは、虞の側の罪を責め、しかも晋にとって事がたやすかったことを示すためである。
解説
この章句が説くこと
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