孫子 / 九変篇
將有五危:必死,可殺也;必生,可虜也;忿速,可侮也;廉潔,可辱也;愛民,可煩也。
新字:将有五危:必死,可殺也;必生,可虜也;忿速,可侮也;廉潔,可辱也;愛民,可煩也。
書き下し
将に五危有り。必死は殺すべきなり。必生は虜にすべきなり。忿速は侮るべきなり。廉潔は辱むべきなり。愛民は煩わすべきなり。
現代語訳
将軍には陥りやすい五つの危険がある。死を恐れず無謀に突っ込む者は殺され、生き延びることに固執する者は捕虜にされ、怒りっぽく短気な者は侮られて挑発に乗り、清廉潔白すぎる者は名誉を汚されて動揺し、兵を愛しすぎる者はそこにつけ込まれて振り回される。
解説
九変篇で、リーダーが陥りやすい「五つの危うさ」を挙げた、鋭い一節です。興味深いのは、そのどれもが「美徳の行き過ぎ」だという点です。勇敢さ・慎重さ・正義感・清廉さ・部下への愛——どれも長所ですが、度を越して硬直すれば、そのまま弱点=つけ込まれる隙になる、と孫子は見抜きます。長所と弱点は表裏一体なのです。仕事でも、強みがそのまま盲点になることは珍しくありません。決断力が無謀に、慎重さが臆病に、正義感が融通のなさに変わる。自分の「得意」が過剰になっていないかを省みることが、身を守ります。美点すら、極端に振れれば危険になる。バランスと自己認識の大切さを、この五危は教えます。
この章句が説くこと
利害九変将の五危進退判断美徳の過剰
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