春秋左氏伝 / 僖公元年 師に私無し
元年春,不稱即位,公出故也。公出復入不書,諱之也。諱國惡,禮也。諸侯救邢。邢人潰,出奔師。師遂逐狄人,具邢器用而遷之,師無私焉。夏,邢遷于夷儀。諸侯城之,救患也。凡侯伯,救患、分災、討罪,禮也。秋,楚人伐鄭,鄭即齊故也。盟于犖,謀救鄭也。九月,公敗邾師于偃,虛丘之戍將歸者也。冬,莒人來求賂,公子友敗諸酈,獲莒子之弟拏。非卿也,嘉獲之也。公賜季友汶陽之田,及費。夫人氏之喪至自齊,君子以齊人殺哀姜也,為已甚矣。女子從人者也。
新字:元年春,不称即位,公出故也。公出復入不書,諱之也。諱国悪,礼也。諸侯救邢。邢人潰,出奔師。師遂逐狄人,具邢器用而遷之,師無私焉。夏,邢遷于夷儀。諸侯城之,救患也。凡侯伯,救患、分災、討罪,礼也。秋,楚人伐鄭,鄭即斉故也。盟于犖,謀救鄭也。九月,公敗邾師于偃,虚丘之戍将帰者也。冬,莒人来求賂,公子友敗諸酈,獲莒子之弟拏。非卿也,嘉獲之也。公賜季友汶陽之田,及費。夫人氏之喪至自斉,君子以斉人殺哀姜也,為已甚矣。女子従人者也。
書き下し
元年春、即位を稱せざるは、公出づるが故なり。公出でて復た入るを書せざるは、之を諱むなり。國の惡を諱むは、禮なり。諸侯邢を救ふ。邢人潰え、出でて師に奔る。師遂に狄人を逐ひ、邢の器用を具へて之を遷す。師私無し。夏、邢夷儀に遷る。諸侯之に城くは、患ひを救ふなり。凡そ侯伯、患ひを救ひ、災ひを分かち、罪を討つは、禮なり。秋、楚人鄭を伐つ、鄭齊に即くが故なり。犖に盟ふ、鄭を救はんことを謀るなり。九月、公邾の師を偃に敗る。虛丘の戍の將に歸らんとする者なり。冬、莒人來たりて賂を求む。公子友諸を酈に敗り、莒子の弟拏を獲。卿に非ざるなり、獲たるを嘉するなり。公季友に汶陽の田、及び費を賜ふ。夫人氏の喪齊より至る。君子以へらく、齊人の哀姜を殺すや、已甚しと爲すと。女子は人に從ふ者なり。
現代語訳
僖公元年の春、『春秋』が「即位」と記さないのは、僖公が国外(邾)に出ていたからである。僖公が国外に出てまた戻ったことを記さないのは、それを諱んだからである。国の恥を諱んで書かないのは礼にかなっている。諸侯が邢を救援した。邢の人々は総崩れになり、城を出て諸侯の軍のもとに逃げ込んだ。諸侯の軍はそのまま狄を追い払い、邢の器物や用具を取りそろえて邢を移住させた。軍の者は何一つ私物化しなかった。夏、邢は夷儀に移った。諸侯がそこに城壁を築いたのは、災難を救うためである。およそ諸侯の長たる者が、災難を救い、災害の負担を分かち合い、罪ある者を討つのは、礼にかなっている。秋、楚が鄭を攻めた。鄭が斉に従ったからである。諸侯は犖で盟約を結んだ。鄭を救う策を謀るためである。九月、僖公は邾の軍を偃で破った。これは虚丘の守備にあたっていて帰国しようとしていた邾の軍である。冬、莒の人々が魯に来て、慶父を引き渡した謝礼を求めた。公子友(季友)は莒の軍を酈で破り、莒の君の弟の拏を捕らえた。拏は卿ではないのに『春秋』がその名を記したのは、捕らえた手柄を称えたのである。僖公は季友に汶陽の田と費の邑を与えた。夫人(哀姜)の遺体が斉から戻ってきた。君子は、斉の人々が哀姜を殺したのはやりすぎだと考えた。女子は嫁げば夫の家に従う者であり、その罪を裁くのは実家の斉の役目ではないからである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
説苑・貴德楚王荘辛に問ひて曰く、「君子の行ひは奈何」と。荘辛対へて曰く、「居るに垣牆を為さざるも、人能く毀傷すること莫し。行くに周衛に従はざるも、人能く君を暴すること莫し。此れ君子の行ひなり」と。楚王復た君子の富は奈何と問ふ。対へて曰く、「君子の富は、人に貸すも徳とせず、責めざるなり。其の飲食を人に食はしむるも使はず、役せざるなり。親戚之を愛し、衆人之を喜び、不肖なる者すら之に事ふ。皆其の寿楽にして患に傷まざらんことを欲す。此れ君子の富なり」と。楚王善しと曰ふ。
-
『関聖帝君覚世真経』第四段・吾れ本と私無し、惟だ善人を佑く万禍雪のごとく消え、千祥雲のごとく集まらん。諸ろ此くの如き福は、惟だ善のみ致すべし。吾れ本と私無し、惟だ善人を佑く。衆善奉行せよ、厥の志を怠ること毋かれ。
-
孟子・盡心章句下孟子曰く、「堯・舜は性のままなる者なり。湯・武は之に反るなり。動容周旋、禮に中る者は、盛德の至りなり。死を哭して哀しむは、生者の為に非ざるなり。經德回ならざるは、以て禄を干むるに非ざるなり。言語必ず信なるは、以て行いを正すに非ざるなり。君子は法を行いて、以て命を俟つのみ。」
-
論語・公冶長篇子曰わく、吾未だ剛なる者を見ず。或る人対えて曰わく、申棖。子曰わく、棖は慾あり。焉んぞ剛ならんや。
-
『墨子』兼愛下泰誓に曰く、「文王は日の若く月の若く乍ち照らし、四方に光り、西土に于てす」と。即ち此れ文王の天下を兼愛するの博大なるを言うなり。之を譬うるに日月の兼ねて天下を照らして私有ること無きがごとし。即ち此れ文王の兼なり。子墨子の謂う所の兼なる者と雖も、文王に於て法を取れり。
-
『太上感応篇』善行・恩を施して報いを求めず辱を受くるも怨みず、寵を受くるも驚くが若し。恩を施して報いを求めず、人に与へて追ひて悔いず。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る