孟子 / 盡心章句下
孟子曰、堯舜性者也。湯武反之也。動容周旋中禮者、盛德之至也。哭死而哀、非為生者也。經德不回、非以干祿也。言語必信、非以正行也。君子行法、以俟命而已矣。
新字:孟子曰、堯舜性者也。湯武反之也。動容周旋中礼者、盛徳之至也。哭死而哀、非為生者也。経徳不回、非以干禄也。言語必信、非以正行也。君子行法、以俟命而已矣。
書き下し
孟子曰く、「堯・舜は性のままなる者なり。湯・武は之に反るなり。動容周旋、禮に中る者は、盛德の至りなり。死を哭して哀しむは、生者の為に非ざるなり。經德回ならざるは、以て禄を干むるに非ざるなり。言語必ず信なるは、以て行いを正すに非ざるなり。君子は法を行いて、以て命を俟つのみ。」
現代語訳
孟子は言った。 「堯や舜は天から与えられた本性をそのまま備えた立派な人々である。殷の湯王や周の武王は身を修めてその本性に立ち返った人々である。動作振る舞いのことごとくが礼に適っているのは盛徳の極みである。すなわち死者に対して声をあげて泣いて悲しむのは、生きている人に聞かせる為の儀礼ではない。常に徳を行い邪な心を懐かないように努めるのは、それにより地位俸禄を求める為ではない。言葉を口にすれば必ず真実を告げているのは、それにより行いを正しくして人に認められようとする為ではない。君子は天の道理に従って行動するだけで、そのなりゆきは天命に委ねるだけである。」
解説
人から良く思われたい、報酬を得たいといった見返りを期待して行動するのではなく、ただそれが人として正しいことだからという純粋な動機で行動することが理想です。結果がどうなるかは自分ではコントロールできない運や環境にも左右されます。だからこそ、結果に一喜一憂するのではなく、いま自分がすべき正しい行いに全力を尽くし、その後のことは静かに受け入れるという潔い態度が、現代のストレスの多い社会を心穏やかに生き抜くための秘訣となります。
この章句が説くこと
無私天命純粋な動機
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