関聖帝君覚世真経 / 第四段・吾れ本と私無し、惟だ善人を佑く
萬禍雪消,千祥雲集,諸如此福,惟善可致,吾本無私,惟佑善人,眾善奉行,毋怠厥志。
新字:万禍雪消,千祥雲集,諸如此福,惟善可致,吾本無私,惟佑善人,衆善奉行,毋怠厥志。
書き下し
万禍雪のごとく消え、千祥雲のごとく集まらん。諸ろ此くの如き福は、惟だ善のみ致すべし。吾れ本と私無し、惟だ善人を佑く。衆善奉行せよ、厥の志を怠ること毋かれ。
現代語訳
万のわざわいは雪のように消え、千のめでたいことは雲のように集まるでしょう。これらのような福は、ただ善によってのみ得られるものです。わたしにはもともとえこひいきはなく、ただ善い人を助けるだけです。多くの善を行いなさい。その志を怠ってはなりません。
解説
関聖帝君覚世真経の結びです。前段の願いの列を受けて、すぐに条件を置き直しました。惟善可致、ただ善によってのみ得られる。そして吾本無私、惟佑善人と続きます。わたしにえこひいきはなく、助けるのは善い人だけだ。祈れば願いがかなうという話を、ここで善の一点に締め直しているわけです。神に取り入る道はない、と言っているのと同じことでしょう。末尾の衆善奉行は、太上感応篇と文昌帝君陰騭文の結びにも現れる句で、もとは七仏通誡偈から来ています。三聖経と呼ばれる三書が、そろって同じ八字に帰っていく。教えの出どころは違っても、行き着く先は同じだという構えがここにあります。
この章句が説くこと
無私衆善奉行志結び三聖経
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