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春秋左氏伝 / 荘公二十五年・二十六年 士蒍、公族を尽くす

二十五年春,陳女叔來聘,始結陳好也。嘉之,故不名。夏六月辛未,朔,日有食之。鼓、用牲於社,非常也。唯正月之朔,慝未作,日有食之,於是乎用幣於社,伐鼓於朝。秋,大水。鼓,用牲于社、於門,亦非常也。凡天災,有幣無牲。非日月之眚,不鼓。晉士蒍使羣公子盡殺游氏之族,乃城聚而處之。冬,晉侯圍聚,盡殺羣公子。二十六年春,晉士蒍爲大司空。夏,士蒍城絳,以深其宮。秋,虢人侵晉。冬,虢人又侵晉。

新字:二十五年春,陳女叔来聘,始結陳好也。嘉之,故不名。夏六月辛未,朔,日有食之。鼓、用牲於社,非常也。唯正月之朔,慝未作,日有食之,於是乎用幣於社,伐鼓於朝。秋,大水。鼓,用牲于社、於門,亦非常也。凡天災,有幣無牲。非日月之眚,不鼓。晋士蒍使羣公子尽殺游氏之族,乃城聚而処之。冬,晋侯囲聚,尽殺羣公子。二十六年春,晋士蒍為大司空。夏,士蒍城絳,以深其宮。秋,虢人侵晋。冬,虢人又侵晋。

書き下し

二十五年春、陳の女叔來聘す。始めて陳の好を結ぶなり。之を嘉す、故に名いはず。夏六月辛未、朔、日之を食する有り。鼓し、牲を社に用ふるは、常に非ざるなり。唯だ正月の朔、慝未だ作らざるに、日之を食する有れば、是に於いてか幣を社に用ひ、鼓を朝に伐つ。秋、大水あり。鼓し、牲を社と門とに用ふるも、亦た常に非ざるなり。凡そ天災には、幣有りて牲無し。日月の眚に非ざれば、鼓せず。晉の士蒍羣公子をして盡く游氏の族を殺さしめ、乃ち聚に城きて之を處らしむ。冬、晉侯聚を圍み、盡く羣公子を殺す。二十六年春、晉の士蒍大司空と爲る。夏、士蒍絳に城き、以って其の宮を深くす。秋、虢人晉を侵す。冬、虢人又晉を侵す。

現代語訳

荘公二十五年の春、陳の女叔が魯に聘問に来た。これは初めて陳と友好を結んだのである。それを喜んだので、『春秋』は彼の名を記さず字で記した。夏六月辛未、朔日に日食があった。太鼓を打ち、社で犠牲を用いたのは、通常の礼ではない。ただ正月の朔日、陰の気がまだ起こらないうちに日食があったときだけ、社に幣を供え、朝廷で太鼓を打つのである。秋に大水があった。太鼓を打ち、社と城門で犠牲を用いたが、これも通常の礼ではない。およそ天災には幣を供えるが犠牲は用いない。日や月の異変でなければ太鼓は打たない。晋では士蒍が群公子たちに游氏の一族をことごとく殺させ、そのうえで聚に城を築いて群公子たちをそこに住まわせた。冬、晋侯(献公)は聚を包囲し、群公子をことごとく殺した。荘公二十六年の春、晋の士蒍は大司空となった。夏、士蒍は絳に城を築き、宮殿の守りを深くした。秋、虢の人々が晋に侵入した。冬、虢の人々がまた晋に侵入した。

解説

前半は魯の祭祀の記事で、日食と大水のときの儀礼が問題にされる。左伝の基準では、太鼓を打ち社に犠牲を捧げるのは正月朔の日食のときだけで、それ以外の天災には幣を供えるにとどめる。平時の規則を細かく示すことで、魯の対応が慣例を逸脱したことを記録している。後半は晋の公族粛清の完結編である。士蒍は公子たちに同族の游氏を殺させ、その後に彼らを聚という新しい城にまとめて住まわせた。そして冬、献公がその城を包囲して全員を殺す。仲間割れで力を削がせ、一か所に集めて一網打尽にする。三年がかりの冷徹な計画であった。実行者の士蒍は大司空に昇進し、都の絳の守りを固める。献公の権力は盤石になったが、公族という支えを自ら断ったことが、のちに驪姫の乱で後継者争いが泥沼化する遠因ともなる。短期的に反対勢力を消すことと、組織の長期的な厚みを保つことは、必ずしも両立しない。

この章句が説くこと

権謀粛清礼制権力集中記録

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