韓非子 / 外儲說左下第三十三
公曰:「敢。」牙曰:「若知能謀天下,斷敢行大事,君因專屬之國柄焉。以管仲之能,乘公之勢以治齊國,得無危乎?」公曰:「善。」乃令隰朋治内、管仲治外以相參。
新字:公曰:「敢。」牙曰:「若知能謀天下,断敢行大事,君因専属之国柄焉。以管仲之能,乗公之勢以治斉国,得無危乎?」公曰:「善。」乃令隰朋治内、管仲治外以相参。
書き下し
若し知能く天下を謀り、斷敢て大事を行わば、君因て専ら之を屬するに國柄を以てせん。...危うきこと無きを得んや。...乃ち隰朋をして内を治め、管仲をして外を治めしめて以て相參す。
現代語訳
もし(管仲の)知謀が天下を謀るに足、決断力が大事を行えるなら、君主は彼一人に国の全権を委ねるでしょう。...(そうなれば)危険はないでしょうか。...(そこで桓公は)隰朋に内部(内政)を、管仲に外部(外交・軍事)を治めさせ、互いに牽制させた。
解説
組織における「権力の集中」と「牽制(けんせい)」の重要性です。いかに有能な人材(管仲)であっても、一人に全権(國柄)を集中させると、暴走(危うきこと無きを得んや)のリスクが生まれます。優れたリーダー(桓公)は、あえて権限を分割(内と外)し、複数の人材(隰朋と管仲)に互いに牽制(相參す)させることで、組織のバランスと安定を保ちます。
この章句が説くこと
権力集中牽制チェック・アンド・バランス権限の分割リスク管理No.2の配置
関連する章句
-
史記 酷吏列伝治むる所即し上の意の罪せんと欲する所ならば、監史の深禍なる者に予へ、即し上の意の釈さんと欲する所ならば、監史の軽平なる者に与ふ。治むる所即し豪ならば、必ず文を舞はし巧みに詆る。即し下戸の羸弱ならば、時に口もて言ふ、文もて法を致すと雖も、上財察せよと。是に於て往往にして湯の言ふ所を釈す。湯大吏に至り、内行修まる。賓客に通じて飲食す。故人の子弟の吏為る及び貧しき昆弟に於て、之を調護すること尤も厚し。其の諸公に造り請ふこと、寒暑を避けず。是を以て湯は文深く意忌にして専ら平らかならずと雖も、然れども此の声誉を得たり。而して刻深の吏の多く爪牙の用を為す者は、文学の士に依る。丞相弘数々其の美を称す。淮南・衡山・江都の反獄を治むるに及び、皆根本を窮む。厳助及び伍被、上之を釈さんと欲す。湯争ひて曰く、「伍被は本反謀を画す、而して助は親幸して禁闥に出入する爪牙の臣なり、乃ち諸侯と交私すること此くの如し、誅せずんば、後に治むべからず」と。是に於て上之を論ずるを可とす。其の獄を治めて大臣を排して自ら功と為すこと、多く此の類なり。是に於て湯益々尊任せられ、遷りて御史大夫と為る。会々渾邪等降り、漢大いに兵を興して匈奴を伐つ、山東水旱あり、貧民流徙し、皆給を県官に仰ぐ、県官空虚なり。是に於て上の指を丞け、請ひて白金及び五銖銭を造り、天下の塩鉄を籠め、富商大賈を排し、告緡令を出だし、豪彊并兼の家を鉏き、文を舞はし巧みに詆りて以て法を輔く。湯朝する毎に事を奏し、国家の用を語り、日晏れ、天子食を忘る。丞相は充位を取るのみ、天下の事皆湯に決す。百姓其の生に安んぜず、騒動す、県官の興す所、未だ其の利を獲ず、姦吏并びに侵漁す、是に於て痛く縄するに罪を以てす。則ち公卿以下より、庶人に至るまで、咸湯を指す。湯嘗て病む、天子自ら至りて病を視る、其の隆貴なること此くの如し。匈奴来たりて和親を請ふ、群臣上の前に議す。博士狄山曰く、「和親便なり」と。
-
説苑・善說桓公仲父を立て、大夫を致して曰く、「吾を善しとする者は門に入りて右せよ、吾を善しとせざる者は門に入りて左せよ。」門に中して立つ者有り。桓公之に問う。對えて曰く、「管子の知は、與に天下を謀るべく、其の強は與に天下を取るべし。君其の信を恃むか。內政焉に委ね、外事焉に斷ず。民を驅りて之に歸せしむれば、是れ亦た奪うべきなり。」桓公曰く、「善し。」乃ち管仲に謂いて曰く、「政は則ち卒に子に歸せん。政の及ばざる所は、唯だ子是れ匡せ。」管仲故に三歸の臺を築き、以て自ら民に傷つく。
-
『韓非子』愛臣第四愛臣太だ親しければ、必ず其の身を危うくし、人臣太だ貴ければ、必ず主位を易ふ。主妾等無ければ、必ず嫡子を危うくす。
-
『韓非子』人主第五十二人主の身危うく國亡ぶる所以の者は、大臣太だ貴く、左右太だ威あればなり。
-
『韓非子』揚權第八一家二貴なれば、事乃ち功無し。夫妻政を持てば、子適從する無し。人君爲る者は、數々其の木を披(ひら)き、木枝をして扶踈ならしむる毋(なか)れ。木枝扶踈なれば、將に公閭を塞がんとし、私門將に實ち、公庭將に虚しく、主將に壅圉(ようぎょ)せられんとす。
-
『春秋左氏伝』桓公十五年 父と夫と孰れか親しき十五年春、天王家父をして來りて車を求めしむ、禮に非ざるなり。諸侯は車・服を貢せず、天子は私に財を求めず。祭仲專らにす。鄭伯之を患へ、其の婿雍糾をして之を殺さしめんとす。將に諸を郊に享せんとす。雍姬之を知り、其の母に謂ひて曰く、「父と夫と孰れか親しき」と。其の母曰く、「人盡く夫なり、父は一のみ。胡ぞ比ぶべけんや」と。遂に祭仲に告げて曰く、「雍氏其の室を舍てて將に子を郊に享せんとす。吾之に惑ふ、以て告ぐ」と。祭仲雍糾を殺し、諸を周氏の汪に屍す。公載せて以て出で、曰く、「謀婦人に及ぶ、其の死するや宜なり」と。夏、厲公蔡に出奔す。六月乙亥、昭公入る。許叔許に入る。公齊侯に艾に會す。許を定めんことを謀るなり。秋、鄭伯櫟人に因りて檀伯を殺し、遂に櫟に居る。冬、袲に會す。鄭を伐たんことを謀る。將に厲公を納れんとするなり。克たずして還る。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る