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春秋左氏伝 / 桓公二年 本大にして末小

惠之二十四年,晉始亂,故封桓叔于曲沃,靖侯之孫欒賓傅之。師服曰:「吾聞國家之立也,本大而末小,是以能固。故天子建國,諸侯立家,卿置側室,大夫有貳宗,士有隸子弟,庶人、工、商各有分親,皆有等衰。是以民服事其上,而下無覬覦。今晉,甸侯也,而建國,本既弱矣,其能久乎?」惠之三十年,晉潘父弒昭侯而納桓叔,不克。晉人立孝侯。惠之四十五年,曲沃莊伯伐翼,弒孝侯。翼人立其弟鄂侯。鄂侯生哀侯。哀侯侵陘庭之田。陘庭南鄙啟曲沃伐翼。

新字:恵之二十四年,晋始乱,故封桓叔于曲沃,靖侯之孫欒賓傅之。師服曰:「吾聞国家之立也,本大而末小,是以能固。故天子建国,諸侯立家,卿置側室,大夫有貳宗,士有隸子弟,庶人、工、商各有分親,皆有等衰。是以民服事其上,而下無覬覦。今晋,甸侯也,而建国,本既弱矣,其能久乎?」恵之三十年,晋潘父弒昭侯而納桓叔,不克。晋人立孝侯。恵之四十五年,曲沃荘伯伐翼,弒孝侯。翼人立其弟鄂侯。鄂侯生哀侯。哀侯侵陘庭之田。陘庭南鄙啓曲沃伐翼。

書き下し

惠の二十四年、晉始めて亂る。故に桓叔を曲沃に封じ、靖侯の孫欒賓之に傅たり。師服曰く、「吾聞く、國家の立つや、本大にして末小なり、是を以って能く固しと。故に天子は國を建て、諸侯は家を立て、卿は側室を置き、大夫は貳宗有り、士は隸子弟有り、庶人・工・商各々分親有り、皆等衰有り。是を以って民其の上に服事して、下に覬覦無し。今晉は、甸侯なり。而るに國を建つ。本既に弱し。其れ能く久しからんや」と。惠の三十年、晉の潘父昭侯を弒して桓叔を納れんとす、克たず。晉人孝侯を立つ。惠の四十五年、曲沃の莊伯翼を伐ち、孝侯を弒す。翼人其の弟鄂侯を立つ。鄂侯哀侯を生む。哀侯陘庭の田を侵す。陘庭の南鄙曲沃を啟きて翼を伐たしむ。

現代語訳

魯の恵公の二十四年、晋ではじめて乱が起こった。そこで晋の昭侯は叔父の桓叔(成師)を曲沃に封じ、靖侯の孫の欒賓がその補佐役となった。師服は言った。「私はこう聞いている。国家の成り立ちは、根本が大きく末端が小さい。だから堅固でいられるのだ、と。だから天子は諸侯の国を建て、諸侯は卿大夫の家を立て、卿は側室(分家)を置き、大夫には次子の家があり、士には子弟を家臣として従え、庶人・職人・商人にもそれぞれ親族の区分がある。いずれにも等級の差がある。そのため民は上に仕え、下の者が上の地位をうかがうことがない。いま晋は王畿近くの一諸侯にすぎないのに、国の中にさらに国を建てた。根本はすでに弱っている。どうして長く保てようか」。恵公の三十年、晋の大夫潘父が昭侯を殺して桓叔を迎え入れようとしたが、失敗した。晋の人は孝侯を立てた。恵公の四十五年、曲沃の荘伯(桓叔の子)が翼を攻め、孝侯を殺した。翼の人は孝侯の弟の鄂侯を立てた。鄂侯は哀侯を生んだ。哀侯は陘庭の田地を侵した。陘庭の南の国境の人々は、曲沃を手引きして翼を攻めさせた。

解説

前の章句で名づけに乱の兆しを見た師服が、ここで再び警告する。晋の昭侯は叔父の桓叔(成師)を曲沃に封じたが、曲沃は本家の都・翼より大きな邑だったとされる。師服の論は「本大にして末小なり、是を以って能く固し」。根本が大きく枝葉が小さいから、国は安定する。天子・諸侯・卿・大夫・士・庶人と、上から下へ等級があるから、下は上をうかがわない。それなのに晋は一諸侯の身で国の中に国を建て、分家を本家より強くしてしまった。その後の年表が淡々と続く。潘父が昭侯を殺し、曲沃の荘伯が孝侯を殺し、辺境の民が曲沃を手引きする。本家の君が次々に倒れていく。この争いは数十年続き、最後は分家の曲沃が晋を乗っ取る。子会社や事業部に本体をしのぐ力を持たせたとき、組織の求心力がどう変わるか。師服の言葉はその構造を簡潔に言い当てている。

この章句が説くこと

本末分権序列求心力分家

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