司馬法 / 嚴位
凡大善用本,其次用末,執略守微,本末唯權,戰也。
新字:凡大善用本,其次用末,執略守微,本末唯権,戦也。
書き下し
凡そ大善は本を用い、其の次は末を用う。略を執り微を守り、本末は唯(た)だ権(はか)るのみ、戦なり。
現代語訳
最善の策は物事の根本を押さえて用いることであり、次善は枝葉を用いることである。大略を押さえながら細部にも気を配り、根本と枝葉のどちらを重んじるかをその都度見極めること、それが戦いというものである。
解説
最も優れたやり方は物事の根本を押さえることであり、次善は枝葉の工夫に及ぶことだと司馬法は言う。ただし根本だけを見て細部を疎かにしてよいわけではなく、大きな方針を保ちながら細かな点にも目を配り、根本と枝葉のどちらに重きを置くかをその都度見極めることこそが、実際の戦いだとされる。仕事でも本質的な課題と目先の作業のどちらに時間を割くか、常に問われている。
この章句が説くこと
本末優先順位権衡
関連する章句
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『墨子』修身君子は、戰に陳有りと雖も、勇を本と為す。喪に禮有りと雖も、哀を本と為す。士に學有りと雖も、行を本と為す。是の故に本を置くこと安からざる者は、末を豐かにするを務むること無かれ。近き者親しまざれば、逺きを來すを務むること無かれ。親戚附かざれば、外交を務むること無かれ。事に始め無ければ、終に多業を務むること無かれ。物を舉げて闇ければ、博聞を務むること無かれ。是の故に先王の天下を治むるや、必ず邇きを察して逺きを來す。君子は邇きを察して邇き修まる者なり。修めざる行を見、毁を見て、之を身に反す者なり。此を以て怨み省かれて行い修まる。譖慝の言は、之を耳に入るること無く、批扞の聲は、之を口に出だすこと無く、人を殺傷するの孩は、之を心に存すること無くんば、詆訐の民有りと雖も、依る所無からん。故に君子は事に力めて日に彊く、願欲は日に逾え、設壯は日に盛んなり。君子の道や、貧しければ則ち亷を見わし、富めば則ち義を見わし、生けば則ち愛を見わし、死すれば則ち哀を見わす。四行なる者は虚假す可からず、之を身に反す者なり。心に蔵する者は以て愛を竭くすこと無く、身に動く者は以て恭を竭くすこと無く、口に出づる者は以て馴を竭くすこと無し。之を四支に暢べ、之を肌膚に接し、華髮隳巔にして猶お舎てざる者は、其れ唯だ聖人か。
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『塩鉄論』通有篇文學曰く、孟子云う、『農時に違わざれば、穀は勝げて食らうべからず。蠶麻時を以てすれば、布帛は勝げて衣るべからざるなり。斧斤時を以てすれば、材木は勝げて用うべからず。田漁時を以てすれば、魚肉は勝げて食らうべからず』と。若し則ち宮室を飾り、臺榭を增し、梓匠は巨を斲りて小と為し、圓を以て方と為し、上は雲氣を成し、下は山林を成さば、則ち材木は用に足らざるなり。男子は本を去りて末を為し、文を雕り鏤を刻み、以て禽獸に象り、物を窮め變を究めば、則ち穀は食らうに足らざるなり。婦女は微を飾り細を治め、以て文章を成し、伎を極め巧を盡くさば、則ち絲布は衣るに足らざるなり。庖宰は胎卵を烹殺し、煎炙齊和して、五味を窮極せば、則ち魚肉は食らうに足らざるなり。當今の世、禽獸の損ぜず、材木の勝げざるを患うるに非ず、僭侈の窮まり無きを患うるなり、旃罽橘柚の無きを患うるに非ず、狹廬糠糟の無きを患うるなり。
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説苑・說叢其の身を脩めずして之を人に求む、是を失倫と謂う。其の內を治めずして、其の外を脩む、是を大廢と謂う。重く載せて之を危くし、策を操りて之に隨う、全うする所以に非ざるなり。
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孟子・告子章句上孟子曰く、「今、無名の指、屈して信びざる有り。疾痛して事に害あるに非ざるなり。如し能く之を信ばす者有れば、則ち秦楚の路をも遠しとせず。指の人に若かざるが為なり。指の人に若かざるは、則ち之を惡むことを知る。心の人に若かざるは、則ち惡むことを知らず。此を之れ類を知らずと謂うなり。」
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