都鄙問答 / 卷之四・醫ノ志ヲ問ノ段
答、博學ハ我モ好ム所ナリ、捨ニアラズ、然レ共、醫學熟シテ後ノコトナリ、本末ヲ正トキハ、醫學ハ本ト知ルベシ、有子曰、本立而道生ト、本末ノ違ルハ、君子ノ道ニアラズ、扠汝ハ、世俗ノ聞ナレヌコトヲ云ヲ、博學ト思ハレ候ヤ、ソレハ麁相ナル了簡ナリ、良醫ハ聞ナレヌコトヲ云モノニ非ズ、醫書ニ、望聞問切ト云コトアリ、先病人ニ望、容體ヲ見ルヲ望ト云、樣子ヲ聞テ、病ヲ知ルヲ聞ト云、不審ヲ問テ察スルヲ問ト云、脈ヲ診テ病ヲ定ルヲ切ト云、然レバ病人ニ望、其容體ヲ觀テ後ニ、疾ノコトヲ言セテ聞、又委細ノコトハ、看病ノ者ニ問、且脈ヲ診テ、我意ニ合ヘルカ不合カト得心シテ、藥ヲ用ユベキコトナリ、ソレニ人ノ聞ナレヌコトヲ云、
新字:答、博学ハ我モ好ム所ナリ、捨ニアラズ、然レ共、医学熟シテ後ノコトナリ、本末ヲ正トキハ、医学ハ本ト知ルベシ、有子曰、本立而道生ト、本末ノ違ルハ、君子ノ道ニアラズ、扠汝ハ、世俗ノ聞ナレヌコトヲ云ヲ、博学ト思ハレ候ヤ、ソレハ麁相ナル了簡ナリ、良医ハ聞ナレヌコトヲ云モノニ非ズ、医書ニ、望聞問切ト云コトアリ、先病人ニ望、容体ヲ見ルヲ望ト云、様子ヲ聞テ、病ヲ知ルヲ聞ト云、不審ヲ問テ察スルヲ問ト云、脈ヲ診テ病ヲ定ルヲ切ト云、然レバ病人ニ望、其容体ヲ観テ後ニ、疾ノコトヲ言セテ聞、又委細ノコトハ、看病ノ者ニ問、且脈ヲ診テ、我意ニ合ヘルカ不合カト得心シテ、薬ヲ用ユベキコトナリ、ソレニ人ノ聞ナレヌコトヲ云、
書き下し
答、博学は我も好む所なり、捨つるにあらず。然れども、医学熟して後のことなり。本末を正す時は、医学は本と知るべし。有子曰く、本立ちて道生ずと。本末の違へるは、君子の道にあらず。扠汝は、世俗の聞きなれぬことを云ふを、博学と思はれ候や。それは麁相なる了簡なり。良医は聞きなれぬことを云ふものに非ず。医書に、望聞問切と云ふことあり。先づ病人に望み、容体を見るを望と云ふ。様子を聞きて、病を知るを聞と云ふ。不審を問ひて察するを問と云ふ。脈を診て病を定むるを切と云ふ。然れば病人に望み、其の容体を観て後に、疾のことを言はせて聞き、又委細のことは、看病の者に問ひ、且つ脈を診て、我が意に合へるか合はざるかと得心して、薬を用ゆべきことなり。それに人の聞きなれぬことを云ひ、
現代語訳
梅岩は答えます。「博学は私も好むところで、捨てるものではありません。しかし、医学に熟達した後のことです。本と末を正すなら、医学が本だと知るべきです。有子は『本が立って道が生まれる』と言いました。本末を取り違えるのは君子の道ではありません。さて、あなたは世間の人が聞き慣れないことを言うのを博学だと思っているのですか。それは粗末な考えです。良医は聞き慣れないことを言うものではありません。医書に『望聞問切』ということがあります。まず病人を望んで容体を見るのを望といい、様子を聞いて病を知るのを聞といい、不審を問うて察するのを問といい、脈を診て病を定めるのを切といいます。ですから病人を望んで容体を見た後、病のことを言わせて聞き、細かいことは看病の者に問い、さらに脈を診て、自分の見立てに合うか合わないかを得心してから薬を用いるべきなのです。それなのに人の聞き慣れないことを言えば、
解説
この章句が説くこと
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『墨子』修身君子は、戰に陳有りと雖も、勇を本と為す。喪に禮有りと雖も、哀を本と為す。士に學有りと雖も、行を本と為す。是の故に本を置くこと安からざる者は、末を豐かにするを務むること無かれ。近き者親しまざれば、逺きを來すを務むること無かれ。親戚附かざれば、外交を務むること無かれ。事に始め無ければ、終に多業を務むること無かれ。物を舉げて闇ければ、博聞を務むること無かれ。是の故に先王の天下を治むるや、必ず邇きを察して逺きを來す。君子は邇きを察して邇き修まる者なり。修めざる行を見、毁を見て、之を身に反す者なり。此を以て怨み省かれて行い修まる。譖慝の言は、之を耳に入るること無く、批扞の聲は、之を口に出だすこと無く、人を殺傷するの孩は、之を心に存すること無くんば、詆訐の民有りと雖も、依る所無からん。故に君子は事に力めて日に彊く、願欲は日に逾え、設壯は日に盛んなり。君子の道や、貧しければ則ち亷を見わし、富めば則ち義を見わし、生けば則ち愛を見わし、死すれば則ち哀を見わす。四行なる者は虚假す可からず、之を身に反す者なり。心に蔵する者は以て愛を竭くすこと無く、身に動く者は以て恭を竭くすこと無く、口に出づる者は以て馴を竭くすこと無し。之を四支に暢べ、之を肌膚に接し、華髮隳巔にして猶お舎てざる者は、其れ唯だ聖人か。
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『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段答ふ、汝のいへる所は、枝葉にかかはり、文字の沙汰にて、本を失へり。君子は本をつとむと云ふ。万事に渉りてかくのごとし。先づ初学の者は、本末知るを先務とすべし。末に至りては、繁多にして分れ難し。天地有りて物を生じ、物生じて後に名あり。名有りて後、文字を加へて名を書す。文字は伏羲の後、倉頡が作ると云ふに非ずや。いまだ名も附けず、文字も無き前より天道あり。天道といへども、人有りて付けたる名なり。我が云ふ所を、名を離れて聞くべし。既に聖人は仁を本となし、老子は大道を以て仁の本となし、道と仁と名は二つなり。文字に依りて、何れが本と論議分るべきや。声も無く臭も無くして、万物の体と成る物を、暫く名づけて、乾とも天とも、道とも理とも、命とも性とも、
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説苑・說叢其の身を脩めずして之を人に求む、是を失倫と謂う。其の內を治めずして、其の外を脩む、是を大廢と謂う。重く載せて之を危くし、策を操りて之に隨う、全うする所以に非ざるなり。
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