春秋左氏伝 / 隠公八年 先に配して後に祖す
八年春,齊侯將平宋、衛,有會期。宋公以幣請於衛,請先相見,衛侯許之,故遇于犬丘。鄭伯請釋泰山之祀而祀周公,以泰山之祊易許田。三月,鄭伯使宛來歸祊,不祀泰山也。夏,虢公忌父始作卿士于周。四月甲辰,鄭公子忽如陳逆婦媯。辛亥,以媯氏歸。甲寅,入于鄭。陳鍼子送女。先配而後祖。鍼子曰:「是不為夫婦。誣其祖矣,非禮也,何以能育?」齊人卒平宋、衛于鄭。秋,會于溫,盟于瓦屋,以釋東門之役,禮也。八月丙戌,鄭伯以齊人朝王,禮也。公及莒人盟于浮來,以成紀好也。冬,齊侯使來告成三國。公使眾仲對曰:「君釋三國之圖,以鳩其民,君之惠也。寡君聞命矣,敢不承受君之明德。」無駭卒。羽父請謚與族。公問族於眾仲。眾仲對曰:「天子建德,因生以賜姓,胙之土而命之氏。諸侯以字為謚,因以為族。官有世功,則有官族,邑亦如之。」公命以字為展氏。
新字:八年春,斉侯将平宋、衛,有会期。宋公以幣請於衛,請先相見,衛侯許之,故遇于犬丘。鄭伯請釈泰山之祀而祀周公,以泰山之祊易許田。三月,鄭伯使宛来帰祊,不祀泰山也。夏,虢公忌父始作卿士于周。四月甲辰,鄭公子忽如陳逆婦媯。辛亥,以媯氏帰。甲寅,入于鄭。陳鍼子送女。先配而後祖。鍼子曰:「是不為夫婦。誣其祖矣,非礼也,何以能育?」斉人卒平宋、衛于鄭。秋,会于温,盟于瓦屋,以釈東門之役,礼也。八月丙戌,鄭伯以斉人朝王,礼也。公及莒人盟于浮来,以成紀好也。冬,斉侯使来告成三国。公使衆仲対曰:「君釈三国之図,以鳩其民,君之恵也。寡君聞命矣,敢不承受君之明徳。」無駭卒。羽父請謚与族。公問族於衆仲。衆仲対曰:「天子建徳,因生以賜姓,胙之土而命之氏。諸侯以字為謚,因以為族。官有世功,則有官族,邑亦如之。」公命以字為展氏。
書き下し
八年春、齊侯將に宋・衛を平がんとし、會期有り。宋公幣を以って衛に請ひ、先づ相見えんことを請ふ。衛侯之を許す。故に犬丘に遇ふ。鄭伯泰山の祀を釋きて周公を祀らんことを請ひ、泰山の祊を以って許田に易へんとす。三月、鄭伯宛をして來りて祊を歸らしむ、泰山を祀らざるなり。夏、虢公忌父始めて周に卿士と作る。四月甲辰、鄭の公子忽陳に如きて婦媯を逆ふ。辛亥、媯氏を以って歸る。甲寅、鄭に入る。陳の鍼子女を送る。先づ配して後に祖す。鍼子曰く、「是れ夫婦と為さず。其の祖を誣ふ、禮に非ざるなり。何を以ってか能く育せん」と。齊人卒に宋・衛を鄭に平ぐ。秋、溫に會し、瓦屋に盟ふ、以って東門の役を釋く、禮なり。八月丙戌、鄭伯齊人を以って王に朝す、禮なり。公莒人と浮來に盟ふ、以って紀の好を成すなり。冬、齊侯をして來りて三國を成すを告げしむ。公眾仲をして對へしめて曰く、「君三國の圖を釋きて、以って其の民を鳩む、君の惠なり。寡君命を聞けり。敢へて君の明德を承受せざらんや」と。無駭卒す。羽父謚と族とを請ふ。公族を眾仲に問ふ。眾仲對へて曰く、「天子德を建て、生に因りて以って姓を賜ひ、之に土を胙して之に氏を命ず。諸侯は字を以って謚と為し、因りて以って族と為す。官に世功有れば、則ち官族有り。邑も亦た之の如し」と。公命じて字を以って展氏と為す。
現代語訳
隠公八年の春、斉侯は宋と衛を鄭と和解させようとして、会合の期日を定めていた。宋公は贈り物を携えて衛に申し入れ、会合の前に先に会いたいと求めた。衛侯はこれを許した。そこで両者は犬丘で略式に会見した。鄭伯は、泰山の祭祀をやめて周公を祭りたいと申し出て、泰山の祭祀のために鄭が持っていた祊の邑を、魯が周公の祭祀のために持っていた許田と交換しようとした。三月、鄭伯は宛を遣わして祊を魯に引き渡させた。鄭はもう泰山を祭らないということである。夏、虢公忌父がはじめて周の卿士となった。四月甲辰の日、鄭の公子忽が陳へ行き、妻の媯氏を迎えた。辛亥の日、媯氏を連れて帰途につき、甲寅の日に鄭に入った。陳の鍼子が花嫁を送ってきた。公子忽は先に夫婦の契りを結び、その後で祖先の廟に報告した。鍼子は言った。「これでは夫婦とはいえない。祖先を欺いており、礼にかなわない。これでどうして子孫を育てられようか」。斉の人はついに宋・衛を鄭と和解させた。秋、温で会合し、瓦屋で盟約して、東門の戦役以来のわだかまりを解いた。礼にかなったことである。八月丙戌の日、鄭伯は斉の人を伴って周王に朝見した。礼にかなったことである。隠公は莒の人と浮来で盟約した。紀との友好を成り立たせるためである。冬、斉侯が使者をよこし、三国(宋・衛・鄭)の和解が成ったことを告げた。隠公は衆仲に答えさせて言った。「君が三国の争いの企てを解き、その民を安んじられたのは、君の恵みです。我が君は仰せを承りました。どうして君の明らかな徳をお受けしないことがありましょう」。無駭が亡くなった。羽父が、無駭のために諡と族名を賜るよう願い出た。隠公は族名のことを衆仲に尋ねた。衆仲は答えた。「天子は徳ある者を諸侯に立て、その出生にちなんで姓を賜い、土地を与えてその土地の名を氏として命じます。諸侯は臣下の字を諡とし、それにちなんで族名とします。官職で代々功績があれば、その官名を族名とし、領邑についても同様です」。隠公は命じて、無駭の祖父の字(展)をとって展氏とした。
解説
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