礼記 / 哀公問
孔子曰:「天地不合,萬物不生。大昏,萬世之嗣也,君何謂已重焉!」 孔子遂言曰:「內以治宗廟之禮,足以配天地之神明;出以治直言之禮,足以立上下之敬。物恥,足以振之;國恥,足以興之。為政先禮,禮,其政之本與?」
新字:孔子曰:「天地不合,万物不生。大昏,万世之嗣也,君何謂已重焉!」 孔子遂言曰:「内以治宗廟之礼,足以配天地之神明;出以治直言之礼,足以立上下之敬。物恥,足以振之;国恥,足以興之。為政先礼,礼,其政之本与?」
書き下し
孔子曰く、「天地合わざれば、万物生ぜず。大昏は、万世の嗣なり。君何ぞ已だ重しと謂うや」と。 孔子遂に言いて曰く、「内は以て宗廟の礼を治め、以て天地の神明に配するに足る。出でては以て直言の礼を治め、以て上下の敬を立つるに足る。物恥ずるも、以てこれを振(すく)うに足り、国恥ずるも、以てこれを興すに足る。政を為すは礼を先にす。礼は、其れ政の本か」と。
現代語訳
孔子はいった。「天と地が合わなければ、万物は生まれません。大昏は、万世にわたる跡継ぎのもとです。君はどうしてあまりに重いなどとおっしゃるのですか」。 孔子はさらに言葉を続けた。「夫婦は内にあっては宗廟の礼を治めて、天地の神明と並ぶに足ります。外に出ては正しい言葉による政教の礼を治めて、上下の敬いを立てるに足ります。臣下の行いに恥ずべきことがあっても、礼はそれを救うに足り、国に恥ずべきことがあっても、礼はそれを立て直すに足ります。政治を行うには礼を先にします。礼こそが政治の根本ではないでしょうか」。
解説
前段に続き、孔子が婚姻の重さを天地の交わりにたとえ、礼を政の本と結論づける段である。天地が合わなければ万物は生じないように、大昏は万世の跡継ぎを生む根本である。続いて孔子は、夫婦が内では宗廟の礼を治めて天地の神明に配し、外では「直言の礼」を治めて上下の敬を立てると説く。鄭玄は、夫婦が天地に配するのは日月の象があるからだとして礼器篇の「君は阼に在り、夫人は房に在り」を引き、「直言」を正言、すなわち政教を出すことと解して、昏義篇の、天子が外の治めを、后が内の務めを聴くという句を引く。また「物恥」を臣の恥、「国恥」を君の恥とし、君臣の行いに恥ずべきことがあっても礼がそれを救い興すと注す。礼は過ちを防ぐだけでなく、過ちの後に立て直す力でもあるという指摘は重要である。失敗した後にどう立ち直るかを考えるとき、まず基本の型に立ち返るという発想として今も生きる。
この章句が説くこと
礼記哀公問婚姻礼立て直し
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