詩経 / 国風・鄘風・蝃蝀
《蝃蝀》,止奔也。衛文公能以道化其民,淫奔之恥,國人不齒也。 蝃蝀在東,莫之敢指。女子有行,遠父母兄弟。 朝隮于西,崇朝其雨。女子有行,遠兄弟父母。 乃如之人也,懷昏姻也。大無信也,不知命也。
新字:《蝃蝀》,止奔也。衛文公能以道化其民,淫奔之恥,国人不歯也。 蝃蝀在東,莫之敢指。女子有行,遠父母兄弟。 朝隮于西,崇朝其雨。女子有行,遠兄弟父母。 乃如之人也,懐昏姻也。大無信也,不知命也。
書き下し
蝃蝀(ていとう)は、奔を止むるなり。衛の文公能く道を以て其の民を化し、淫奔の恥、国人歯(よわい)せざるなり。 蝃蝀東に在り、之を敢えて指さす莫し。女子行(ゆ)くこと有り、父母兄弟に遠ざかる。 朝(あした)に西に隮(のぼ)る、崇朝(そうちょう)其れ雨ふる。女子行くこと有り、兄弟父母に遠ざかる。 乃(すなわ)ち如(かく)の人や、昏姻を懐(おも)うなり。大いに信無きなり、命を知らざるなり。
現代語訳
「蝃蝀」の詩は、男女の私通を止めさせようとしたものである。衛の文公はよく道によって民を教え導いたので、淫らに通じ合う恥ずべき者を、国の人々は仲間として扱わなかった。 虹が東の空にかかっている、誰もあえて指さそうとはしない。娘は嫁いでゆくもの、いずれ父母や兄弟のもとを離れてゆく。 朝、西の空に虹が立ちのぼれば、朝のうちは雨が降り続く。娘は嫁いでゆくもの、いずれ兄弟や父母のもとを離れてゆく。 それなのにこのような人は、ひたすら男女の結びつきばかりを思っている。まったく貞節の信義がなく、天の定めた道理をわきまえていない。
解説
東の空の虹は指さしてはならない、と歌い起こし、嫁ぐ時を待たずに男のもとへ走る娘を戒める詩である。毛詩序は、衛の文公が民を教化した結果、淫奔を恥とする気風が生まれたことを歌ったものとする。古代中国では、虹は陰陽の気が乱れて交わったしるしとされ、不吉なものとして指さすことを忌んだ。その虹を、礼によらずに結ばれる男女の比喩として用いている。娘はいずれ嫁いで親兄弟から離れるのだから、あせる必要はない、というのが第一・二章の諭しである。最終章の「命を知らず」は、礼に従って時を待つという道理をわきまえないことを責める言葉と読まれる。今の目からは窮屈な教えにも見えるが、思いの強さに押し流されず時を待つことの意味を問う点では、恋に限らず通じるものがある。
この章句が説くこと
詩経虹婚姻礼衛
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