春秋繁露 / 『春秋繁露』循天之道第七十七・徳は和、道は中
夫德莫大於和、而道莫正於中、中者、天地之美達理也、聖人之所保守也、詩云:「不剛不柔、布政優優。」此非中和之謂與!是故能以中和理天下者、其德大盛、能以中和養其身者、其壽極命。
新字:夫徳莫大於和、而道莫正於中、中者、天地之美達理也、聖人之所保守也、詩云:「不剛不柔、布政優優。」此非中和之謂与!是故能以中和理天下者、其徳大盛、能以中和養其身者、其寿極命。
書き下し
夫れ徳は和より大なるは莫く、道は中より正しきは莫し。中なる者は、天地の美達の理にして、聖人の保守する所なり。詩に云う、「剛ならず柔ならず、政を布くこと優優たり」と。此れ中和の謂に非ずや。是の故に能く中和を以て天下を理むる者は、其の徳大いに盛んに、能く中和を以て其の身を養う者は、其の寿命を極む。
現代語訳
徳には和より大きなものはなく、道には中より正しいものはありません。中とは天地の美しさに通じる理であり、聖人が守り保つものです。『詩』に「剛でもなく柔でもなく、政を布くことゆったりとしている」とあるのは、中和のことではないでしょうか。ですから、中和によって天下を治められる者は徳が大いに盛んになり、中和によって自分の身を養える者は天寿をまっとうします。
解説
徳は和に、道は中に尽きると述べ、強すぎず弱すぎない中和で天下を治め、身も養うよう説きます。『詩経』の優優という語を引くのが特徴です。『春秋繁露』は前漢の董仲舒に帰される書で、中和は天地の気の運行にもとづく概念として語られます。成立当時の世界観を割り引いても、強硬と迎合のどちらにも偏らずに組織を運び、自分の心身の調子もそこに置くという指針は、管理職の判断にも役立ちます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
和中中和剛柔布政養身
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