春秋繁露 / 『春秋繁露』山川頌第七十三・水にたとえる人の九つの徳
水則源泉混混沄沄、晝夜不竭、既似力者;盈科後行、既似持平者、循微赴下、不遺小間、既似察者;循谿谷不迷、或奏萬里而必至、既似知者;障防山而能清淨、既似知命者;不清而入、潔清而出、既似善化者;赴千仞之壑、入而不疑、既似勇者;物皆困於火、而水獨勝之、既似武者;咸得之而生、失之而死、既似有德者。孔子在川上曰:「逝者如斯夫、不舍晝夜。」此之謂也。
新字:水則源泉混混沄沄、昼夜不竭、既似力者;盈科後行、既似持平者、循微赴下、不遺小間、既似察者;循谿谷不迷、或奏万里而必至、既似知者;障防山而能清浄、既似知命者;不清而入、潔清而出、既似善化者;赴千仞之壑、入而不疑、既似勇者;物皆困於火、而水独勝之、既似武者;咸得之而生、失之而死、既似有徳者。孔子在川上曰:「逝者如斯夫、不舎昼夜。」此之謂也。
書き下し
水は則ち源泉混混沄沄として、昼夜竭きず、既に力ある者に似たり。科に盈ちて後に行くは、既に平を持する者に似たり。微に循いて下に赴き、小間を遺さざるは、既に察なる者に似たり。谿谷に循いて迷わず、或いは万里に奏りて必ず至るは、既に知なる者に似たり。防山に障えられて能く清浄なるは、既に命を知る者に似たり。清からずして入り、潔清にして出づるは、既に善く化する者に似たり。千仞の壑に赴き、入りて疑わざるは、既に勇なる者に似たり。物皆火に困しむに、水独り之に勝つは、既に武なる者に似たり。咸之を得て生き、之を失いて死するは、既に徳有る者に似たり。孔子川上に在りて曰く、「逝く者は斯くの如きか、昼夜を舎かず」と。此れ之の謂なり。
現代語訳
水は、泉からこんこんと湧き、昼も夜も尽きないので、力のある人に似ています。くぼみを満たしてから先へ進むので、公平を保つ人に似ています。細かな筋にそって低いほうへ向かい、小さな隙間も見逃さないので、よく察する人に似ています。谷にそって進んで迷わず、万里の先であっても必ず行き着くので、知のある人に似ています。堤や山に遮られても清らかさを保つので、天命を知る人に似ています。濁って入り、清らかになって出ていくので、人を良く感化する人に似ています。千仞の谷にも疑わず入っていくので、勇気のある人に似ています。ものがみな火に苦しむなかで、水だけが火に勝つので、武のある人に似ています。すべてのものが水を得て生き、失って死ぬので、徳のある人に似ています。孔子が川のほとりで「過ぎゆくものはこのようなものか、昼も夜も止まらない」と言ったのは、このことを指します。
解説

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