司馬法 / 天子之義
上下相報,若此,和之至也。得意則愷歌,示喜也。偃伯靈臺,荅民之勞,示休也。
新字:上下相報,若此,和之至也。得意則愷歌,示喜也。偃伯霊台,荅民之労,示休也。
書き下し
上下相報ずること、此くの若きは、和の至りなり。意を得れば則ち愷歌(がいか)す、喜びを示すなり。伯を霊台に偃(ふ)せ、民の労に荅(こた)う、休みを示すなり。
現代語訳
(戍兵を三年のあいだ再び動員しないのは、民の苦労を見てのことである。)上下がこのように互いに報い合うのが、和の極みである。志を遂げたときは凱歌をうたい、喜びを示す。軍旗を霊台(周の文王が築いたとされる台)に伏せ納め、民の苦労に応えて、休息を示す。
解説
辺境の守りに出た兵を三年は再び動員しない、それは民の苦労を見てのことだ、という前の句を受け、上下が互いに報い合う状態を和の極みと呼ぶ。上は民の労苦に休息で報い、民は上の配慮に力で報いる。後半は戦が終わったあとの儀礼で、勝てば凱歌で喜びを分かち合い、軍旗を霊台に伏せて納め、民の労をねぎらって休息を示す。霊台は周の文王が民の力を借りて築いたと伝わる台で、上下が和した象徴として詩経にも歌われる。戦を始めるときだけでなく終えるときの作法まで定めるのが、周の軍礼を伝える司馬法の特徴である。大きな仕事をやり遂げたあと、区切りの場を設けて喜びを分かち合い、しっかり休ませることは、次の挑戦への信頼を積み立てることでもある。
関連する章句
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司馬法・仁本天下既に平らぎ、天子大いに愷(がい)し、春は蒐(しゅう)し秋は獮(せん)す。諸侯は春に旅を振い、秋に兵を治む。戦を忘れざる所以なり。古は、奔るを逐うこと百歩を過ぎず、綏(すい)を縦(お)うこと三舎を過ぎず、是を以て其の礼を明らかにす。不能を窮めずして傷病を哀憐す、是を以て其の義を明らかにす。列を成して皷(こ)す、是を以て其の信を明らかにす。
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司馬法・天子之義軍に在りては抗して立ち、行に在りては遂(すす)みて果たし、介者は拝せず、兵車は式せず、城上は趨らず、危事は歯(よわい)せず。故に礼と法とは表裏なり。文と武とは左右なり。古は、賢王民の徳を明らかにし、民の善を尽くす、故に廃徳無く、簡民無く、賞は生ずる所無く、罰は試みる所無し。有虞氏は賞せず罰せずして民用うべし、至徳なり。夏は賞して罰せず、至教なり。殷は罰して賞せず、至威なり。周は賞罰を以てす、徳衰うるなり。
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司馬法・天子之義上苟も善を伐(ほこ)らざれば、則ち驕らず。下苟も善を伐らざれば、必ず等を亡(な)くす。上下善を伐らざること此くの若きは、譲の至りなり。
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司馬法・天子之義大捷(たいしょう)には賞せず、上下皆善を伐(ほこ)らず。
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司馬法・天子之義古の民を教うるや、必ず貴賤の倫経を立て、相陵(しの)がざらしむ。徳義相踰えず、材技相掩わず、勇力相犯さず。故に力同じくして意和す。古は、国容は軍に入らず、軍容は国に入らず、故に徳義相踰えず。上は伐(ほこ)らざるの士を貴ぶ、伐らざるの士は、上の器なり。苟(いやしく)も伐らざれば則ち求むること無く、求むること無ければ則ち争わず。国中の聴は、必ず其の情を得、軍旅の聴は、必ず其の宜を得、故に材技相掩わず。命に従うを士の上賞と為し、命を犯すを士の上戮と為す、故に勇力相犯さず。既に其の民を教うるを致し、然る後に謹んで選びて之を使う。事極めて修まれば則ち百官給(た)る。
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司馬法・天子之義兵を交え刃を致すと雖も、徒は趨(はし)らず、車は馳せず、奔るを逐うに列を踰えず、是を以て乱れず。軍旅の固きは、行列の政を失わず、人馬の力を絶たず、遅速誡命を過ぎず。古は、国容は軍に入らず、軍容は国に入らず。軍容国に入れば則ち民の徳廃れ、国容軍に入れば則ち民の徳弱し。故に
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