武訓 / 下・第14段
師に克つこと、和にあり。衆にあらずと、古人いへり。いふ意は、軍にかつには、士卒將に和順にして、其の下知にそむかず、一同にちからを合せて、身ををしまずして戰ふにあり。大軍なりとて、たのむべからず。若、士卒の心、將に思ひつかず、そむきはなれて、其の力を同じくせずして、一に和せずんば、百萬の衆ありても、軍にかちがたし。和とは和合なり。天地和合すれば、萬物生ず。九族和合すれば、家道行はる。君臣和合すれば、國家平らかなり。兵を用ふるは、まことに武威を貴ぶ。しかれども、仁義の道なければ、諸人の心從はず。武を用ひがたし。
新字:師に克つこと、和にあり。衆にあらずと、古人いへり。いふ意は、軍にかつには、士卒将に和順にして、其の下知にそむかず、一同にちからを合せて、身ををしまずして戦ふにあり。大軍なりとて、たのむべからず。若、士卒の心、将に思ひつかず、そむきはなれて、其の力を同じくせずして、一に和せずんば、百万の衆ありても、軍にかちがたし。和とは和合なり。天地和合すれば、万物生ず。九族和合すれば、家道行はる。君臣和合すれば、国家平らかなり。兵を用ふるは、まことに武威を貴ぶ。しかれども、仁義の道なければ、諸人の心従はず。武を用ひがたし。
書き下し
師に克つこと、和にあり。衆にあらずと、古人いへり。いふ意は、軍にかつには、士卒將に和順にして、其の下知にそむかず、一同にちからを合せて、身ををしまずして戰ふにあり。大軍なりとて、たのむべからず。若、士卒の心、將に思ひつかず、そむきはなれて、其の力を同じくせずして、一に和せずんば、百萬の衆ありても、軍にかちがたし。和とは和合なり。天地和合すれば、萬物生ず。九族和合すれば、家道行はる。君臣和合すれば、國家平らかなり。兵を用ふるは、まことに武威を貴ぶ。しかれども、仁義の道なければ、諸人の心從はず。武を用ひがたし。
現代語訳
「軍に勝つことは和にあり、人数の多さにはない」と古人は言っている。その意味は、戦に勝つには、兵士が将に和らぎ従って命令にそむかず、皆で力を合わせて、身を惜しまずに戦うことにある。大軍だからといって頼みにしてはならない。もし兵士の心が将に心服せず、そむき離れて力を同じくせず、一つに和さなければ、百万の軍勢があっても勝ちにくい。和とは和合のことである。天地が和合すれば万物が生じる。九族が和合すれば家の道が行われる。君臣が和合すれば国家は平らかである。兵を用いるのは、まことに武の威を貴ぶ。しかし仁義の道がなければ、人々の心は従わない。武を用いることは難しい。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『大和俗訓』巻之八・応接一世には愚なる人多し。世に交るに、我が道理を専に立てむと思ふべからず。我に道理あり、人に非ありとも、人と争ふべからず。人に十分のあやまりありとも、人にも少しは道理をつけ、少しは人にまけて、人に勝たんことを好むべからず。かやうにすれば人と争はず、我と人との間和して、人の心をうしなはず、無事にしてさはりなし。
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『春秋左氏伝』桓公十一年 師の克つは和に在り十一年春、齊・衛・鄭・宋惡曹に盟ふ。楚の屈瑕將に貳・軫と盟はんとす。鄖人蒲騷に軍し、將に隨・絞・州・蓼と楚の師を伐たんとす。莫敖之を患ふ。鬬廉曰く、「鄖人其の郊に軍す、必ず誡めず。且つ日に四邑の至るを虞(まつ)。君郊郢に次して、以て四邑を禦げ。我銳師を以て宵に鄖に加へん。鄖は虞る心有りて其の城を恃み、鬥志有る莫し。若し鄖の師を敗らば、四邑必ず離れん」と。莫敖曰く、「盍ぞ師を王に濟さんことを請はざる」と。對へて曰く、「師の克つは和に在りて、眾に在らず。商・周の敵せざるは、君の聞く所なり。軍を成して以て出づ、又何ぞ濟さん」と。莫敖曰く、「之を卜せんか」と。對へて曰く、「卜は以て疑ひを決す。疑はずんば何ぞ卜せん」と。遂に鄖の師を蒲騷に敗り、卒に盟ひて還る。鄭の昭公の北戎を敗るや、齊人將に之に妻はせんとす。昭公辭す。祭仲曰く、「必ず之を取れ。君に內寵多し。子に大援無くんば、將に立たざらんとす。三公子皆君なり」と。從はず。夏、鄭の莊公卒す。
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司馬法・天子之義上下相報ずること、此くの若きは、和の至りなり。意を得れば則ち愷歌(がいか)す、喜びを示すなり。伯を霊台に偃(ふ)せ、民の労に荅(こた)う、休みを示すなり。
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『政談』諸役人に器量を選ふ事是我か職分の重き所を知らぬ故、御政務の筋に我か才智を出たすが我か職分と心得る故、上より才智を出せは下の才智は出ぬ物なり、前に云ひたる和して同せすと云ふ本文聖賢の奥義なることを知らす、下と才智争ひになる故、上の威光に圧れて下の才智は引込むなり、上たる人下と才智を争ふは是上たる人をとなしき心なくて若輩なる事なり、上は抂けて下を育つるは上たる人の無智なるにあらす、
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『新書』修政語下周の武王粥子に問いて曰く、「寡人は守りて必ず存し、攻めて必ず得、戦いて必ず勝たんことを願う。則ち吾此を為すこと奈何」と。粥子曰く、「唯、疑う。攻守して戦うは器を同じくし、而して和と厳と其の備えなり。故に曰く、和は以て守る可く、厳も以て守る可し。而れども厳は和の固きに若かず。和は以て攻む可く、厳も以て攻む可し。而れども厳は和の得るに若かず。和は以て戦う可く、厳も以て戦う可し。而れども厳は和の勝つに若かず。則ち唯だ和に由りて可なり。故に諸侯政を発し令を施し、政人に平らかなる者は、之を文政と謂う。諸侯士に接し吏を使い、礼人に恭しき者は、之を文礼と謂う。諸侯獄を聴き刑を断じ、治に仁にして、行に陳ぶ。其れ此に由りて守りて存せず、攻めて得ず、戦いて勝たざる者は、古より今に至るまで、天地の辟けしより、未だ之を嘗て聞かざるなり。今や、君王守りて必ず存し、攻めて必ず得、戦いて必ず勝たんと欲せば、則ち唯だ此に由るを可と為す」と。周の武王曰く、「命を受けたり」と。
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『弁名』中庸和衷周礼の六徳の和の如きは、徳の名なり。人学びて以て徳を成すに、此の六徳の別有るを言ふなり。柳下恵の和の如きも、亦た同じ。皆其の物と相和順して忤違せざるを謂ふなり。以て司空の材と為す者は、司空は水土百工の事を掌る。百工は皆金木皮革百物の性に順ひて以て其の器を作る。故に巽順相入りて、能く物の性に和するに非ずんば、則ち其の事を掌ること能はざるなり。「允に其の中を執れ」と曰ふが如きは、天子の事を行ふを謂ふなり。古は中を執るを以て人君の道と為す。故に亦た天子の事を行ふを称して中を執ると為す。爾らずんば、堯曰・禹謨、文意皆協はず。
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