文武訓 / 武訓下
一凡大將として、兵を用ひて戰をする道は、義と術と、勇と知との四そなはるべし。第一、義を質とすべし。戰をおこすに、義か不義かをかへりみるべし。軍法調ひ兵つよくして、敵に勝つ事必定なり。うつべき敵にあらずして戰をおこすは不義なり、戰をおこすべからず。是義を質とするなり。次に、戰をなすには必ず術あるべし。術とは陣を備へ、敵に勝つてだての法なり。戰の術を知らざれば敵にかちがたし。萬の事皆術を量りてなすべし。殊に、戰は死生存亡のわかるゝ所、尤其術を知るべし。術なくして戰へば必ず敗る。次に、戰をなすには勇あるべし。勇なければ、敵をやぶるに力なくして勢なし。又、知以て成すべし。知なければ、始終軍の道成就せず。故に兵の道は、知を以て始をなし終をなすなり。凡君子の兵を用ふるには、此四の者備らずんばあるべからず。
新字:一凡大将として、兵を用ひて戦をする道は、義と術と、勇と知との四そなはるべし。第一、義を質とすべし。戦をおこすに、義か不義かをかへりみるべし。軍法調ひ兵つよくして、敵に勝つ事必定なり。うつべき敵にあらずして戦をおこすは不義なり、戦をおこすべからず。是義を質とするなり。次に、戦をなすには必ず術あるべし。術とは陣を備へ、敵に勝つてだての法なり。戦の術を知らざれば敵にかちがたし。万の事皆術を量りてなすべし。殊に、戦は死生存亡のわかるゝ所、尤其術を知るべし。術なくして戦へば必ず敗る。次に、戦をなすには勇あるべし。勇なければ、敵をやぶるに力なくして勢なし。又、知以て成すべし。知なければ、始終軍の道成就せず。故に兵の道は、知を以て始をなし終をなすなり。凡君子の兵を用ふるには、此四の者備らずんばあるべからず。
書き下し
一凡大将として、兵を用ひて戦をする道は、義と術と、勇と知との四そなはるべし。第一、義を質とすべし。戦をおこすに、義か不義かをかへりみるべし。軍法調ひ兵つよくして、敵に勝つ事必定なり。うつべき敵にあらずして戦をおこすは不義なり、戦をおこすべからず。是義を質とするなり。次に、戦をなすには必ず術あるべし。術とは陣を備へ、敵に勝つてだての法なり。戦の術を知らざれば敵にかちがたし。万の事皆術を量りてなすべし。殊に、戦は死生存亡のわかるる所、尤其術を知るべし。術なくして戦へば必ず敗る。次に、戦をなすには勇あるべし。勇なければ、敵をやぶるに力なくして勢なし。又、知以て成すべし。知なければ、始終軍の道成就せず。故に兵の道は、知を以て始をなし終をなすなり。凡君子の兵を用ふるには、此四の者備らずんばあるべからず。
現代語訳
およそ大将として兵を用いて戦をする道には、義と術と勇と知の四つが備わるべきです。第一に、義を土台とすべきです。戦を起こすには、それが義か不義かを顧みるべきです。軍法が整い兵が強くて、敵に勝つことが確実であっても、討つべき敵でないのに戦を起こすのは不義であり、戦を起こしてはいけません。これが義を土台とすることです。次に、戦をするには必ず術がなければなりません。術とは陣を備え、敵に勝つ手立ての法です。戦の術を知らなければ敵に勝つのは難しい。すべての事は術を量って行うべきですが、ことに戦は生死存亡の分かれるところなので、最もその術を知るべきです。術なしに戦えば必ず敗れます。次に、戦をするには勇がなければなりません。勇がなければ、敵を破る力がなく勢いがありません。また、知によって成し遂げるべきです。知がなければ、始めから終わりまで戦の道が成就しません。だから兵の道は、知によって始めをなし、終わりをなすのです。およそ君子が兵を用いるには、この四つが備わっていなければなりません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『慎思録』巻之四用兵の道は、義以て質と為し、術以て之を行ひ、勇以て之を出だし、知以て之を成す。良将なるかな。苟も義以て質と為すに非ざれば、勇智良術有りと雖も、是れ賊兵為るのみ。天地の道は、開闢より以来、万古を歴と雖も、常にして変ぜず。故に古今一般なり。人心には私有り、民俗漸く澆薄なり。時世に随ひて、日日変遷して未だ休まず。故に人道の興廃は古今同じからず。天地の道と相似ざる所以なり。
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『慎思録』巻之五中華の俗、振古君を諫めて命を致す者、相踵ぎて絶えず。刀鋸前に在り、鼎鑊後に在りと雖も、敢へて其の死を畏れざる者は、何ぞや。其の俗義を尚び、且つ文学有りて、諫諍の方を知ればなり。本邦の俗、古来戦死を軽んずる者多し。鋒鏑羅列し、元を喪ふこと須臾に在りと雖も、敢へて其の身を惜しまざる者は、何ぞや。其の俗勇を好みて、名節を尚べばなり。倭漢気概を尚びて、其の死を惜しまざることは同じくして、死する所の地の異なる者は、他無し。俗尚の義を好みて学有ると、勇を好みて気を尚ぶとの同じからざるに因るなり。
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『五常訓』巻之四・義一子路問へり、君子は勇をたふとぶやと。子路は勇をこのむ人なれば、かくは問へり。孔子こたへて曰、君子は義をたふとぶ。位ある君子、もし勇のみありて義なければ、其力にまかせて反逆をなし、乱をおこす。位なく賤しき小人、もし勇のみにして義なければ、其力あるをたのみて、盗賊をなす。凡勇は、気に力ありて、人をおそれざるを云ふ。力を恃みて義無ければ、かくの如し。義は事の主なり。義を以て事を行へば、其事正し。義なくして事を行へば、其事皆邪なり。勇はまことに善をなすべき力なり。義を以て勇を行へば、其勇貴ぶべし。治世には、其力を以て善をなし、乱世には、其力を以て、武を行ひ、敵をうち、乱をしづむ。是皆義を以て勇を行ふ徳なり。まことに貴ぶべし。もし義なくして勇を用ふれば、かへりて道にそむき、物を害す。たとへば刀を以て敵をきり、悪人を殺すは義なり。刀を以て罪なき人をきるは、暴悪と狂乱となり。
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『文武訓』武訓上一事の行ひて宜しききはを思ひきり、いさみてよくつとむれば、義行はれてあやまりなく後悔なし。かかる事のさかひのきはを、心おこたりゆるびてつとめざれば、不義となりおくれとなり、後悔すれどもかひなし。是義を見てせざるは勇なきなり。
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論語・陽貨篇子曰く、唯だ上知と下愚とは移らざるなり。
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『武士道』第四章 勇・敢爲堅忍の精神・義を為すは勇なり勇もし義に由らずんば、即ち徳たるに値ひせず。孔子は論語にて、其常とする、消極よりして勇の定義を下し、『義を見て為さざるは勇無きなり』と説きしが、之を積極に換言すれば、則ち『義を為すは勇なり』となる。危を求め、命を殆くし、死の口に馳する事、人の或は之を以て勇に擬するあり。武人の如きは、誤つてシェイクスピアの所謂『庶出の勇』たる、暴虎憑河、死して悔いざる者を賛すと雖、ひとり武士道は然らず、死すべからずして死するを犬死と賤めたり。水戸の義公はプラトーの名さへ耳にせざりき。されば此哲人が勇を称して、『恐るべきものと、恐るべからざるものとを弁識することなり』と云へるが如きは、固より之を学びたること無し。然るに義公は曰へり、『戦に臨んで身を捨つること難からず、田夫野人と雖、之を能くす。
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