慎思録 / 巻之四
用兵之道。義以爲質。術以行之。勇以出之。知以成之。良將哉。苟非義以爲質。雖有勇智良術。是爲賊兵而巳。天地之道。自開闢以來。雖歷萬古。常而不變。故古今一般。人心有私。民俗漸澆薄。隨時世。日日變遷而未休。故人道之興廢。古今不同。所以與天地之道不相似也。
新字:用兵之道。義以為質。術以行之。勇以出之。知以成之。良将哉。苟非義以為質。雖有勇智良術。是為賊兵而巳。天地之道。自開闢以来。雖歴万古。常而不変。故古今一般。人心有私。民俗漸澆薄。随時世。日日変遷而未休。故人道之興廃。古今不同。所以与天地之道不相似也。
書き下し
用兵の道は、義以て質と為し、術以て之を行ひ、勇以て之を出だし、知以て之を成す。良将なるかな。苟も義以て質と為すに非ざれば、勇智良術有りと雖も、是れ賊兵為るのみ。天地の道は、開闢より以来、万古を歴と雖も、常にして変ぜず。故に古今一般なり。人心には私有り、民俗漸く澆薄なり。時世に随ひて、日日変遷して未だ休まず。故に人道の興廃は古今同じからず。天地の道と相似ざる所以なり。
現代語訳
兵を用いる道は、義を本質とし、術によってそれを行い、勇によって打って出て、知によって成し遂げます。これが良将です。もし義を本質としなければ、勇気と知恵と優れた術があっても、それは賊の兵にすぎません。天地の道は、天地開闢以来、長い年月を経ても常に変わらず、昔も今も同じです。人の心には私心があり、民の風俗はしだいに薄くなっていきます。時世に従って日々移り変わり、止むことがありません。ですから人の道の盛衰は昔と今とで同じではありません。これが天地の道と似ていないところです。
解説
二つの短い条がつながった単位です。前半は兵法論で、義を根本に、術・勇・知を働かせるのが良将であり、義がなければどれほど有能でも賊軍にすぎないと言います。『論語』衛霊公篇の「君子は義以て質と為す」を用兵に当てはめた言い方です。後半は、天地の道は不変だが、人の心には私心があり風俗は時とともに移るので、人道の盛衰は一定しないと述べます。能力より目的の正しさを先に問うこと、そして人の世は放っておけば崩れていくという認識は、組織の倫理を考えるうえで重要です。
この章句が説くこと
義兵法知勇人道
関連する章句
-
『慎思録』巻之五中華の俗、振古君を諫めて命を致す者、相踵ぎて絶えず。刀鋸前に在り、鼎鑊後に在りと雖も、敢へて其の死を畏れざる者は、何ぞや。其の俗義を尚び、且つ文学有りて、諫諍の方を知ればなり。本邦の俗、古来戦死を軽んずる者多し。鋒鏑羅列し、元を喪ふこと須臾に在りと雖も、敢へて其の身を惜しまざる者は、何ぞや。其の俗勇を好みて、名節を尚べばなり。倭漢気概を尚びて、其の死を惜しまざることは同じくして、死する所の地の異なる者は、他無し。俗尚の義を好みて学有ると、勇を好みて気を尚ぶとの同じからざるに因るなり。
-
論語・陽貨篇子曰く、唯だ上知と下愚とは移らざるなり。
-
『武士道』第四章 勇・敢爲堅忍の精神・義を為すは勇なり勇もし義に由らずんば、即ち徳たるに値ひせず。孔子は論語にて、其常とする、消極よりして勇の定義を下し、『義を見て為さざるは勇無きなり』と説きしが、之を積極に換言すれば、則ち『義を為すは勇なり』となる。危を求め、命を殆くし、死の口に馳する事、人の或は之を以て勇に擬するあり。武人の如きは、誤つてシェイクスピアの所謂『庶出の勇』たる、暴虎憑河、死して悔いざる者を賛すと雖、ひとり武士道は然らず、死すべからずして死するを犬死と賤めたり。水戸の義公はプラトーの名さへ耳にせざりき。されば此哲人が勇を称して、『恐るべきものと、恐るべからざるものとを弁識することなり』と云へるが如きは、固より之を学びたること無し。然るに義公は曰へり、『戦に臨んで身を捨つること難からず、田夫野人と雖、之を能くす。
-
論語・陽貨篇子路曰く、「君子は勇を尚ぶか。」子曰く、「君子は義以て上と為す。君子勇有りて義無ければ乱を為し、小人勇有りて義無ければ盗を為す。」
-
『慎思録』巻之一知らざるの人は、豈に唯義理の為すべきを知ること能はざるのみならんや。抑も利害と雖も、亦知ること能はず。是を以て仁義に背き、貪暴を行ひて止まず。家を敗り身を滅ぼすに至りて顧みず。悲しむべきかな。此れ其の危ふきを安しとして、其の菑ひを利とするなり。
-
呂氏春秋・決勝①夫れ兵には本幹有り。必ず義、必ず智、必ず勇なり。義なれば則ち敵孤獨に、敵孤獨なれば則ち上下虚しく、民解落す。孤獨なれば則ち父兄怨み、賢者誹り、亂內に作こる。智なれば則ち時化を知る。時化を知れば、則ち虚實盛衰の變を知り、先後遠近縱舍の數を知る。勇なれば則ち能く決斷し、能く決斷すれば則ち能く雷電飄風暴雨の若く、能く崩山破潰し、別辨霣墜するが若し。鷙鳥の撃つや、搏攫すれば則ち殪し、木に中れば則ち碎くるが若し。此れ義智勇を以て得るなり。