大和俗訓 / 巻之一・為学上
一凡君子の學問は、知仁勇の三德を本とし、五倫をあつくするを道とす。知仁勇は五倫の道を行ふ心の德なり。知は五倫の道をしり、仁は五倫の道を身にたもち行ひ、勇はつとめて知り、つとめて行ふ。知るも行ふも、勇を以てつとむ。君子の學問をするに、其心法とするは三德なり。行ふべき道とするは五倫なり。三德と五常とは理同じ。五常はむまれつきたる性なり。三德は學問をする心法なり。五常をつゞめていへり。
新字:一凡君子の学問は、知仁勇の三徳を本とし、五倫をあつくするを道とす。知仁勇は五倫の道を行ふ心の徳なり。知は五倫の道をしり、仁は五倫の道を身にたもち行ひ、勇はつとめて知り、つとめて行ふ。知るも行ふも、勇を以てつとむ。君子の学問をするに、其心法とするは三徳なり。行ふべき道とするは五倫なり。三徳と五常とは理同じ。五常はむまれつきたる性なり。三徳は学問をする心法なり。五常をつゞめていへり。
書き下し
一凡君子の学問は、知仁勇の三徳を本とし、五倫をあつくするを道とす。知仁勇は五倫の道を行ふ心の徳なり。知は五倫の道をしり、仁は五倫の道を身にたもち行ひ、勇はつとめて知り、つとめて行ふ。知るも行ふも、勇を以てつとむ。君子の学問をするに、其心法とするは三徳なり。行ふべき道とするは五倫なり。三徳と五常とは理同じ。五常はむまれつきたる性なり。三徳は学問をする心法なり。五常をつづめていへり。
現代語訳
一、おおよそ君子の学問は、知・仁・勇の三徳を本とし、五倫を手厚くすることを道とします。知仁勇は五倫の道を行う心の徳です。知は五倫の道を知り、仁は五倫の道を身に保って行い、勇は努めて知り、努めて行います。知るのも行うのも、勇によって努めるのです。君子が学問をするのに、その心の法とするのは三徳です。行うべき道とするのは五倫です。三徳と五常とは理が同じです。五常は生まれつきの性です。三徳は学問をする心の法です。五常を縮めて言ったものです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『春秋左氏伝』成公十七年 郤至、乱を作さず「季子、余を欺けり」と。厲公將に難を作さんとす。胥童曰く、「必ず三郤を先にせよ。族大にして怨み多し。大族を去れば偪(せま)られず、怨み多きに敵すれば庸(こう)有り」と。公曰く、「然り」と。郤氏之を聞く。郤錡、公を攻めんと欲して曰く、「死すと雖も、君必ず危からん」と。郤至曰く、「人の立つ所以は、信・知・勇なり。信は君に叛かず、知は民を害せず、勇は亂を作さず。茲の三者を失はば、其れ誰か我に與(くみ)せん。死して怨み多くば、將た安(いづ)くにか之を用ゐん。君實に臣有りて之を殺す、其れ君を何とか謂はん。我の罪有るや、吾が死するは後(おそ)し。若し不辜を殺さば、將に其の民を失はんとす。安きを得んと欲するも得んや。命を待つのみ。君の祿を受け、是を以て黨を聚む。黨有りて命を爭ふは、罪孰(いづ)れか焉(これ)より大ならん」と。壬午、胥童・夷羊五、甲八百を帥ゐて、將に郤氏を攻めんとす。長魚矯、眾を用ゐること無からんことを請ふ。公、清沸魋(せいふつたい)をして之を助けしむ。戈を抽き衽(じん)を結びて、偽りて訟ふる者となる。三郤將に榭に謀らんとす。矯、戈を以て駒伯・苦成叔を其の位に殺す。溫季曰く、「威を逃れん」と。遂に趨る。矯、諸を其の車に及び、戈を以て之を殺す。皆諸を朝に尸(さら)す。胥童、甲を以て欒書・中行偃を朝に劫(おびや)かす。矯曰く、「二子を殺さずんば、憂ひ必ず君に及ばん」と。公曰く、
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論語・雍也篇樊遅、知を問う。子曰く、民の義を務め、鬼神を敬して之を遠ざく、知と謂う可し。仁を問う。曰く、仁者は難きを先にして獲るを後にす、仁と謂う可し。
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『慎思録』巻之一孟子曰く、不仁者は与に言ふべけんや。其の危ふきを安しとして其の菑ひを利とし、其の亡ぶる所以の者を楽しむと。蓋し不仁者は必ず知らず。何となれば則ち不仁の人は其の本心を失ひて、是非の心昏し。故に忠言を聞くと雖も信ぜず。之を聴くこと聡ならざるに因るなり。此れ与に言ふべからざるなり。其の知無きに因りて、故に啻だ義理の楽しむべきを知ること能はざるのみに非ず、危菑の懼るべきと雖も、亦知ること能はず。是を以て其の危ふきを安しとして其の菑ひを利とし、荒淫暴虐にして、敗亡を致す所以の者を楽しむ。危菑既に至ると雖も、亦悟らず、終に以て敗亡を取る。昏愚の甚だしきと謂ふべきなり。国語に、古人之を人天禍を覓めて弭めずと謂ふなり。孟子の所謂其の亡ぶる所以の者を楽しむなり。尹起辛曰く、天資乱を好むの人は、覆亡に至らざれば止まずと。亦此の意なり。古来不仁の人、往往皆此くの如し。嗚呼哀しむべきかな。
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『慎思録』巻之四用兵の道は、義以て質と為し、術以て之を行ひ、勇以て之を出だし、知以て之を成す。良将なるかな。苟も義以て質と為すに非ざれば、勇智良術有りと雖も、是れ賊兵為るのみ。天地の道は、開闢より以来、万古を歴と雖も、常にして変ぜず。故に古今一般なり。人心には私有り、民俗漸く澆薄なり。時世に随ひて、日日変遷して未だ休まず。故に人道の興廃は古今同じからず。天地の道と相似ざる所以なり。
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『慎思録』巻之三司馬公曰く、正直中和、之を徳と謂ふ。聡察疆毅、之を才と謂ふ、と。先儒此の説を以て当たると為さず。何ぞや。蓋し聡察は是れ知の事なり。疆毅は是れ勇の事なり。是れ亦以て徳と為すべく、才と為すべからず。唯能く聡察を為し、能く彊毅を為す者は、才なり。才は是れ能く其の徳を行ふ者にして、乃ち心の力なり。
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『文武訓』武訓下一凡大将として、兵を用ひて戦をする道は、義と術と、勇と知との四そなはるべし。第一、義を質とすべし。戦をおこすに、義か不義かをかへりみるべし。軍法調ひ兵つよくして、敵に勝つ事必定なり。うつべき敵にあらずして戦をおこすは不義なり、戦をおこすべからず。是義を質とするなり。次に、戦をなすには必ず術あるべし。術とは陣を備へ、敵に勝つてだての法なり。戦の術を知らざれば敵にかちがたし。万の事皆術を量りてなすべし。殊に、戦は死生存亡のわかるる所、尤其術を知るべし。術なくして戦へば必ず敗る。次に、戦をなすには勇あるべし。勇なければ、敵をやぶるに力なくして勢なし。又、知以て成すべし。知なければ、始終軍の道成就せず。故に兵の道は、知を以て始をなし終をなすなり。凡君子の兵を用ふるには、此四の者備らずんばあるべからず。
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