春秋繁露 / 『春秋繁露』郊祀第六十九・災いを自分の責に受ける王
周宣王時、天下旱、歲惡甚、王憂之、其詩曰:「倬彼雲漢、昭回於天。王曰:『嗚呼!何辜今之人!天降喪亂、餓饉薦臻。靡神不舉、靡愛斯牲。珪璧既卒、甯莫我聽!旱既太甚、蘊隆蟲蟲。不殄禋祀、自郊徂宮。上下奠瘞、靡神不宗。后稷不克、上帝不臨、耗射下土、甯刃我躬』」宣王自以為不能乎后稷、不中乎上帝、故有此災、有此災、愈恐懼而謹事天
新字:周宣王時、天下旱、歳悪甚、王憂之、其詩曰:「倬彼雲漢、昭回於天。王曰:『嗚呼!何辜今之人!天降喪乱、餓饉薦臻。靡神不舉、靡愛斯牲。珪璧既卒、甯莫我聴!旱既太甚、蘊隆虫虫。不殄禋祀、自郊徂宮。上下奠瘞、靡神不宗。后稷不克、上帝不臨、耗射下土、甯刃我躬』」宣王自以為不能乎后稷、不中乎上帝、故有此災、有此災、愈恐懼而謹事天
書き下し
周の宣王の時、天下旱し、歳悪しきこと甚だし。王之を憂う。其の詩に曰く、「倬たる彼の雲漢、天に昭回す。王曰く、『嗚呼、何の辜ありて今の人あるや。天は喪乱を降し、餓饉薦りに臻る。神として挙げざる靡く、斯の牲を愛しむ靡し。珪璧既に卒きたり、寧ろ我を聴く莫からんや。旱既に太だ甚だしく、蘊隆として虫虫たり。禋祀を殄えず、郊より宮に徂く。上下に奠瘞し、神として宗とせざる靡し。后稷克くせず、上帝臨まず、下土を耗斁し、寧ろ我が躬を刃せんや』と。」宣王自ら以為えらく、后稷に能くせず、上帝に中らず、故に此の災有りと。此の災有れば、愈いよ恐懼して謹んで天に事う。
現代語訳
周の宣王の時代、天下は日照りで、年の実りがひどく悪くなりました。王はこれを憂え、その詩にこうあります。「あの天の川は、輝いて天をめぐっている。王は言う。ああ、今の人々にどんな罪があるのか。天は死と乱れを降し、飢饉がたびたび訪れる。祀らなかった神はなく、いけにえも惜しまなかった。玉の礼器も尽きたのに、なぜ私の祈りを聞き入れてくださらないのか。日照りはますますひどく、暑さが蒸すように迫る。祭りを絶やさず、郊から宗廟まで行い、天にも地にも供え物を捧げ、どの神も尊ばないものはない。后稷は助けてくれず、上帝も臨んでくださらない。下の国土を損ない、どうして私自身を討つようなことをなさるのか。」宣王は、自分が后稷の期待にそえず、上帝の意にかなわなかったからこの災いがあるのだと考え、災いがあるたびにいっそう恐れ慎んで天に仕えました。
解説

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