春秋繁露 / 『春秋繁露』竹林第三・義なき軽挙は自ら禍を招く
吾本其端、無義而敗、由輕心然。孔子曰:『道千乘之國、敬事而信。』知其為得失之大也、故敬而慎之。今鄭伯既無子恩、又不庸計、一舉兵不當、被患不窮、自取之也。
新字:吾本其端、無義而敗、由軽心然。孔子曰:『道千乗之国、敬事而信。』知其為得失之大也、故敬而慎之。今鄭伯既無子恩、又不庸計、一舉兵不当、被患不窮、自取之也。
書き下し
吾、其の端に本づくに、義無くして敗るるは、軽き心に由りて然るなり。孔子曰く、「千乗の国を道むるには、事を敬みて信あり」と。其の得失の大なることを為すを知る、故に敬みて之を慎む。今、鄭伯は既に子の恩無く、又庸く計らず、一たび兵を挙げて当たらず、患いを被ること窮まらざるは、自ら之を取るなり。
現代語訳
私がその発端をたどってみると、義がないままに敗れたのは、軽はずみな心によるものです。孔子は「千乗の国を治めるには、事を慎み、信を守ることだ」と言いました。得失が大きいと知っているからこそ、敬い、慎むのです。ところが鄭伯は、すでに子としての恩愛がなく、そのうえ考えを用いず、一度兵を挙げて当たらず、災いを被り続けたのは、自ら招いたことなのです。
解説
鄭の君が、父の喪中に兵を動かして許を攻め、最後は諸侯の連合に追い詰められた故事を、董仲舒が論じる箇所です。始まりをたどれば、義に外れた行いと軽はずみな心から敗れた、と見ます。そのうえで孔子の言葉を引き、大きな国を治めるなら事を慎んで信を守るべきだ、とします。得失が大きいと知るから敬い、慎むのだというのが筋です。現代の組織でも、先代や前任者が積んだ不信を引き継いだ立場で、さらに無理を重ねれば不利益は積み上がります。事を起こす前に、時機と筋道を確かめているかを考える手がかりになります。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
鄭伯軽率義信敬事自業自得
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