長短経 / 運命
《洪範》咎徵人事也。〔議曰、《傳》云、「禍福無門、唯人自召謂五事以應休咎、故曰人事。〕魯僖霪雨、可救之應也。周宣旱甚、難變之勢也。〔議曰、孔子云、「祭如在。」言祭法在精誠也。語曰、「應天以實、不以文言。」上天不以偽動也。《易》曰、「善不積、不足以成名。」古語曰、「土性勝水、掬壤不可以塞河、金性勝木、寸刄不可以殘林。」《傳》曰、「小惠未孚、神弗福也。」此言善少不足以感物也。今雩祭是同而感應異者、或為仁甚少、而求福甚多。或徒設空文、精誠不至。故不同也。〕
新字:《洪範》咎徴人事也。〔議曰、《伝》云、「禍福無門、唯人自召謂五事以応休咎、故曰人事。〕魯僖霪雨、可救之応也。周宣旱甚、難変之勢也。〔議曰、孔子云、「祭如在。」言祭法在精誠也。語曰、「応天以実、不以文言。」上天不以偽動也。《易》曰、「善不積、不足以成名。」古語曰、「土性勝水、掬壤不可以塞河、金性勝木、寸刄不可以残林。」《伝》曰、「小恵未孚、神弗福也。」此言善少不足以感物也。今雩祭是同而感応異者、或為仁甚少、而求福甚多。或徒設空文、精誠不至。故不同也。〕
書き下し
洪範の咎徴は人事なり。〔議に曰く、伝に云う「禍福に門無し、唯だ人の自ら召くのみ」と。五事を以て休咎に応ずるを謂う。故に人事と曰う。〕魯の僖の霪雨は、救うべきの応なり。周宣の旱甚だしきは、変じ難きの勢いなり。〔議に曰く、孔子云う「祭ること在すが如くす」と。祭の法は精誠に在るを言う。語に曰く「天に応ずるに実を以てし、文言を以てせず」と。上天は偽りを以て動かざるなり。易に曰く「善積まざれば、以て名を成すに足らず」と。古語に曰く「土の性は水に勝つも、掬壌は以て河を塞ぐべからず。金の性は木に勝つも、寸刃は以て林を残うべからず」と。伝に曰く「小恵未だ孚ならず、神福せず」と。此れ善少なければ以て物を感ぜしむるに足らざるを言うなり。今、雩祭は是れ同じくして感応異なる者は、或いは仁を為すこと甚だ少なくして、福を求むること甚だ多し。或いは徒に空文を設けて、精誠至らず。故に同じからざるなり。〕
現代語訳
『洪範』の咎めのしるしは人事である。〔論じて言う。『左伝』に「禍と福に決まった入口はない。ただ人が自ら招くだけだ」とある。君主の五つの振る舞いが吉凶に応じることを言う。だから人事という。〕魯の僖公の時の長雨は、救うことのできる応報であった。周の宣王の時のひどい干ばつは、変えがたい形勢であった。〔論じて言う。孔子は「祭るときは神がそこにおられるかのように祭る」と言った。祭りの法は真心にあるということだ。ことわざに「天に応じるには実をもってし、飾りの言葉をもってしない」とある。天は偽りでは動かない。『易』に「善を積まなければ名を成すに足りない」とある。古い言葉に「土の性質は水に勝つが、ひとすくいの土で黄河は塞げない。金の性質は木に勝つが、一寸の刃で林は伐り払えない」とある。『左伝』に「小さな恵みがまだ信頼を得ていなければ、神は福を与えない」とある。これは善が少なければ物を動かすに足りないということだ。いま雨乞いの祭りは同じなのに応えが違うのは、仁を行うことがとても少ないのに福を求めることがとても多いか、ただ空しい文句を並べて真心が届いていないからである。だから違うのである。〕
解説

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