春秋繁露 / 『春秋繁露』王道第六・民を絞れば国は内から滅ぶ
梁內役民無已、其民不能堪、使民比地為伍、一家亡、五家殺刑、其民曰:「先亡者封、後亡者刑。」君者、將使民以孝於父母、順於長老、守丘墓、承宗廟、世世祀其先、今求財不足、行罰如將不勝、殺戮如屠、仇讎其民、魚爛而亡、國中盡空、春秋曰:「梁亡。」亡者、自亡也、非人亡之也。
新字:梁内役民無已、其民不能堪、使民比地為伍、一家亡、五家殺刑、其民曰:「先亡者封、後亡者刑。」君者、将使民以孝於父母、順於長老、守丘墓、承宗廟、世世祀其先、今求財不足、行罰如将不勝、殺戮如屠、仇讎其民、魚爛而亡、国中尽空、春秋曰:「梁亡。」亡者、自亡也、非人亡之也。
書き下し
梁は内に民を役すること已む無く、其の民堪うる能わず。民をして地を比べて伍を為さしめ、一家亡ぐれば、五家刑に殺す。其の民曰く、「先に亡ぐる者は封ぜられ、後に亡ぐる者は刑せらる」と。君なる者は、将に民をして孝を父母に以てし、長老に順い、丘墓を守り、宗廟を承け、世世其の先を祀らしむべし。今、財を求めて足らず、罰を行うこと勝たざるが如く、殺戮すること屠るが如く、其の民を仇讐とし、魚爛れて亡び、国中尽く空し。春秋に曰く、「梁亡ぶ」と。亡ぶとは、自ら亡ぶなり、人の之を亡ぼすに非ざるなり。
現代語訳
梁では国内で民を使役することが止まず、民は耐えられなくなりました。民を土地ごとに五人組に組ませ、一家が逃げ出せば、五家が刑に処されます。民は「先に逃げた者は封ぜられ、後に逃げた者は罰せられる」と言いました。君主というものは、本来、民に父母への孝を行わせ、年長者に従わせ、丘や墓を守らせ、宗廟を受け継がせ、代々その先祖を祀らせるべき者です。ところが今、財を求めても足りず、罰を行うことは尽くしても足りないかのようで、殺戮は屠殺のようで、民を仇のように扱い、魚が内から腐るように滅び、国の中はすべて空になりました。春秋に「梁が亡んだ」とあります。亡んだとは、自ら亡んだということで、人が滅ぼしたのではありません。
解説

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