春秋繁露 / 『春秋繁露』精華第五・動機を見て人を裁く
春秋之聽獄也、必本其事而原其志。志邪者、不待成;首惡者、罪特重;本直者、其論輕。是故逢丑父當斮、而轅濤塗不宜執、魯季子追慶父、而吳季子釋闔廬、此四者、罪同異論、其本殊也。俱欺三軍、或死或不死;俱弒君、或誅或不誅;聽訟折獄、可無審耶!故折獄而是也、理益明、教益行;折獄而非也、闇理迷眾、與教相妨。教、政之本也、獄、政之末也、其事異域、其用一也、不可不以相順、故君子重之也。
新字:春秋之聴獄也、必本其事而原其志。志邪者、不待成;首悪者、罪特重;本直者、其論軽。是故逢丑父当斮、而轅濤塗不宜執、魯季子追慶父、而呉季子釈闔廬、此四者、罪同異論、其本殊也。倶欺三軍、或死或不死;倶弒君、或誅或不誅;聴訟折獄、可無審耶!故折獄而是也、理益明、教益行;折獄而非也、闇理迷衆、与教相妨。教、政之本也、獄、政之末也、其事異域、其用一也、不可不以相順、故君子重之也。
書き下し
春秋の獄を聴くや、必ず其の事に本づきて其の志を原ぬ。志邪なる者は、成るを待たず。首悪なる者は、罪特に重し。本直なる者は、其の論軽し。是の故に逢丑父は斮るべくして、轅濤塗は執らわるるに宜しからず、魯の季子は慶父を追いて、呉の季子は闔廬を釈す。此の四者は、罪同じくして論異なるは、其の本殊なればなり。俱に三軍を欺くも、或いは死し或いは死せず。俱に君を弑するも、或いは誅せられ或いは誅せられず。訟を聴き獄を折くに、審らかにする無かるべけんや。故に獄を折くこと是なれば、理益ます明らかに、教益ます行わる。獄を折くこと非なれば、理を闇くし衆を迷わせ、教と相い妨ぐ。教は政の本なり、獄は政の末なり。其の事は域を異にするも、其の用は一なり。以て相い順わざるべからず。故に君子は之を重んずるなり。
現代語訳
春秋が訴えを聴くときは、必ず事の経緯に基づいて、その志を尋ねます。志が邪な者は、事が成るのを待たずに罪とします。首謀者は罪が特に重く、もとが正しい者は、その論じ方が軽くなります。そのため、逢丑父は斬られるべきで、轅濤塗は捕らえられるべきではなく、魯の季子は慶父を追い、呉の季子は闔廬を許したのです。この四人は、罪は同じようでも論が異なるのは、その根本が違うからです。ともに三軍を欺いても、死ぬ者もいれば死なない者もいます。ともに君を弑しても、誅される者もいれば誅されない者もいます。訴えを聴き獄を裁くのに、つまびらかにしないでよいでしょうか。裁きが正しければ、道理はますます明らかになり、教化はますます行われます。裁きが誤っていれば、道理を暗くして人々を迷わせ、教化と互いに妨げ合います。教化は政治の本であり、獄は政治の末です。その事柄は領域が異なっても、働きは一つです。互いに順うようにしなければなりません。ですから君子はこれを重んじるのです。
解説

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