学問のすゝめ / 九編・庭前の草を除くよりも天下を掃除せん
政府なんの所以をもって法律を設くるや、悪人を防ぎ善人を保護し、もって人間の交際を全からしめんがためなり。学者なんの所以をもって書を著述し、人を教育するや。後進の智見を導きて、もって人間の交際を保たんがためなり。往古或る支那人の言に、「天下を治むること肉を分かつがごとく公平ならん」と言い、「また庭前の草を除くよりも天下を掃除せん」と言いしも、みな人間交際のために益をなさんとするの志を述べたるものにて、およそ何人にてもいささか身に所得あればこれによりて世の益をなさんと欲するは人情の常なり。あるいは自分には世のためにするの意なきも、知らず識らずして後世、子孫みずからその功徳を蒙ることあり。人にこの性情あればこそ人間交際の義務を達し得るなり。
書き下し
政府なんの所以をもって法律を設くるや、悪人を防ぎ善人を保護し、もって人間の交際を全からしめんがためなり。学者なんの所以をもって書を著述し、人を教育するや。後進の智見を導きて、もって人間の交際を保たんがためなり。往古或る支那人の言に、「天下を治むること肉を分かつがごとく公平ならん」と言い、「また庭前の草を除くよりも天下を掃除せん」と言いしも、みな人間交際のために益をなさんとするの志を述べたるものにて、およそ何人にてもいささか身に所得あればこれによりて世の益をなさんと欲するは人情の常なり。あるいは自分には世のためにするの意なきも、知らず識らずして後世、子孫みずからその功徳を蒙ることあり。人にこの性情あればこそ人間交際の義務を達し得るなり。
現代語訳
政府は何のために法律を設けるのか。悪人を防ぎ善人を保護して、人の交わりをまっとうさせるためです。学者は何のために書物を著し人を教育するのか。後進の知見を導いて、人の交わりを保つためです。昔ある中国人の言葉に、天下を治めることは肉を分けるように公平にしよう、と言い、また庭先の草を取るより天下を掃除しよう、と言ったのも、みな人の交わりのために益をなそうという志を述べたものです。およそ誰であれ少しでも身に得たものがあれば、それによって世のためになろうと欲するのは人情の常です。あるいは自分には世のためにするつもりがなくても、知らず知らずのうちに後の世や子孫が自らその恩恵を受けることがあります。人にこの性情があればこそ、人の交わりの義務を達することができるのです。
解説

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史記 陳丞相世家陳丞相平は、陽武の戸牖郷の人なり。少き時家貧しく、読書を好む、田三十畝有り、独り兄伯と居る。伯常に田を耕し、平を縦ちて遊学せしむ。平人と為り長大にして美色なり。人或いは陳平に謂ひて曰く、「貧しきに何を食ひて肥ゆること是くの若きや」と。其の嫂平の家の生産を視ざるを嫉み、曰く、「亦た糠覈を食ふのみ。叔有ること此くの如くんば、有ること無きに如かず」と。伯之を聞き、其の婦を逐ひて之を棄つ。平長じて、妻を娶るべきに及び、富人肯へて与ふる者莫く、貧者は平も亦た之を恥づ。之を久しくして、戸牖の富人に張負有り、張負の女孫五たび嫁して夫輒ち死す、人敢へて娶る莫し。平之を得んと欲す。邑中に喪有り、平貧し、喪に侍し、先に往き後に罷むるを以て助けと為す。張負既に之を喪所に見て、独り平を視て偉とす、平も亦た故を以て後に去る。負平に随ひて其の家に至る、家は乃ち郭を負ひたる窮巷にして、弊席を以て門と為す、然れども門外に多く長者の車轍有り。張負帰り、其の子仲に謂ひて曰く、「吾女孫を以て陳平に予へんと欲す」と。張仲曰く、「平は貧しくして事を事とせず、一県中尽く其の為す所を笑ふ、独り奈何ぞ女を予へんや」と。負曰く、「人固より好美陳平の如くにして長く貧賤なる者有らんや」と。卒に女を与ふ。平の貧しきが為に、乃ち幣を仮貸して以て聘し、酒肉の資を予へて以て婦を内る。負其の孫を誡めて曰く、「貧しきの故を以て、人に事ふること謹まざること毋かれ。兄伯に事ふること父に事ふるが如くし、嫂に事ふること母の如くせよ」と。平既に張氏の女を娶り、齎用益々饒かに、遊道日に広し。里中の社に、平宰と為り、肉食を分かつこと甚だ均し。父老曰く、「善いかな、陳孺子の宰為るや」と。平曰く、「嗟乎、平をして天下に宰たるを得しめば、亦た是の肉の如くならん」と。陳渉起ちて陳に王たり、周市をして魏の地を略定せしめ、魏咎を立てて魏王と為し、秦軍と臨済に相攻む。陳平固より已に前に其の兄伯に謝し、少年に従ひて往きて魏王咎に臨済に事ふ。魏王以て太僕と為す。
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『講孟余話』盡心下 首章然れども一友の意又必ず云はん、「禹・稷・伊尹は皆天下の為なれば、仮令其の身を殺すとも恤へざる者あり。今寅二が野山の謀は小事のみ、何ぞ云ふに足らんや」と。是れ亦不仁の言なり。人命は至つて重し、一人も十人も百人も皆同じ。吾今一身を顧みて野山の事を顧みずんば、囚徒十一人遂に将に天日を見ずして死すべきのみ。一人を以て十一人に替へば、吾亦固より其の身を顧みざるに足るなり。且つ昔し聞くことあり、漢の陳平の未だ高祖に遇はざるや、家貧しくして読書を好む。嘗て里中の社に平宰たり、宰とは肉を割賦する役也を云ふ。平肉を分かつこと甚だ均し。父老の曰く、「善いかな陳孺子の宰たるや」と。平が曰く、「嗟乎、平に天下を宰することを得せしめば、亦此の肉の如くせんものを」と。余亦自ら視ること陳平の如し。
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「孔子東山に登りて魯を小とし、泰山に登りて天下を小とす。故に海を観る者には水と為し難く、聖人の門に游ぶ者には言と為し難し。水を観るに術有り、必ず其の瀾を観る。日月明有り、光を容るるところ必ず照らす。流水の物為るや、科に盈たざれば行かず。君子の道に志すや、章を成さざれば達せず。」
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『正法眼蔵随聞記』巻五亦云く、仙人ありき、或人問て云く、如何がして仙を得ん、仙人の云く、仙を得んと思はゞ仙道を好むへしと、然れば学人も仏祖の道を得んと思はゞ、須く仏祖の道を好むへし、
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『慎思録』巻之一道に志す者は、須らく誠敬以て其の志を守るべし。然らざれば則ち流蕩放荒して道を忘れ、終にも亦必ず亡びんのみ。今の学者、大率人の不善を責むるの意思常に多くして、己の不善を責むるの意思常に少なし。此れ聖賢を以て人を律し、衆人を以て己を待すと謂ふ。是を以て学を為す者の、終に己に益無き所以なり。
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『大和俗訓』巻之一・為学上されども芸は末なり、道義の学は本なり。芸をひたすら好めば、必学の志をうばはれて失ふものなり。いはんや私欲のなぐさみ好みにまかするをや。いましむべし。志を立つれば、たとへば西国の人のあづまへ行かんとおもひ立ちて、日々に行くに、其間昼夜あづまへ行かんと思ふ心は、念々つねにやまず。是あづまへ行く志たつなり。かくの如くなれば、つひに志す所に行きとどかずといふ事なし。道に志すも亦かくの如くなるべし。