講孟余話 / 盡心下 首章
然トモ一友ノ意又必ズ云ハン、禹稷伊尹皆天下ノ爲ナレハ、假令其身ヲ殺ストモ恤ヘサル者アリ、今寅二野山ノ謀ハ小事ノミ、何ソ云フニ足ランヤト、是亦不仁ノ言ナリ、人命ハ至テ重シ、一人モ十人モ百人モ皆同シ、吾今一身ヲ顧ミテ野山ノ事ヲ顧ミスンハ、囚徒十一人遂ニマサニ天日ヲ見ズシテ死スヘキノミ、一人ヲ以テ十一人ニ替ヘハ、吾亦固ヨリ其身ヲ顧ミサルニ足ナリ、且昔シ聞クコトアリ、漢ノ陳平ノ未タ高祖ニ遇ハサルヤ、家貧シテ読書ヲ好ム、嘗テ里中ノ社ニ平宰タリ、宰トハ肉ヲ割賦スル役也ヲ云フ、平肉ヲ分ツコト甚均シ、父老ノ曰ク、善カナ陳孺子ノ宰タルヤト、平ガ曰ク、嗟乎、平ニ天下ヲ宰スルコトヲ得セシメハ、亦此肉ノ如クセンモノヲト、余亦自ラ視ルコト陳平ノ如シ
新字:然トモ一友ノ意又必ズ云ハン、禹稷伊尹皆天下ノ為ナレハ、仮令其身ヲ殺ストモ恤ヘサル者アリ、今寅二野山ノ謀ハ小事ノミ、何ソ云フニ足ランヤト、是亦不仁ノ言ナリ、人命ハ至テ重シ、一人モ十人モ百人モ皆同シ、吾今一身ヲ顧ミテ野山ノ事ヲ顧ミスンハ、囚徒十一人遂ニマサニ天日ヲ見ズシテ死スヘキノミ、一人ヲ以テ十一人ニ替ヘハ、吾亦固ヨリ其身ヲ顧ミサルニ足ナリ、且昔シ聞クコトアリ、漢ノ陳平ノ未タ高祖ニ遇ハサルヤ、家貧シテ読書ヲ好ム、嘗テ里中ノ社ニ平宰タリ、宰トハ肉ヲ割賦スル役也ヲ云フ、平肉ヲ分ツコト甚均シ、父老ノ曰ク、善カナ陳孺子ノ宰タルヤト、平ガ曰ク、嗟乎、平ニ天下ヲ宰スルコトヲ得セシメハ、亦此肉ノ如クセンモノヲト、余亦自ラ視ルコト陳平ノ如シ
書き下し
然れども一友の意又必ず云はん、「禹・稷・伊尹は皆天下の為なれば、仮令其の身を殺すとも恤へざる者あり。今寅二が野山の謀は小事のみ、何ぞ云ふに足らんや」と。是れ亦不仁の言なり。人命は至つて重し、一人も十人も百人も皆同じ。吾今一身を顧みて野山の事を顧みずんば、囚徒十一人遂に将に天日を見ずして死すべきのみ。一人を以て十一人に替へば、吾亦固より其の身を顧みざるに足るなり。且つ昔し聞くことあり、漢の陳平の未だ高祖に遇はざるや、家貧しくして読書を好む。嘗て里中の社に平宰たり、宰とは肉を割賦する役也を云ふ。平肉を分かつこと甚だ均し。父老の曰く、「善いかな陳孺子の宰たるや」と。平が曰く、「嗟乎、平に天下を宰することを得せしめば、亦此の肉の如くせんものを」と。余亦自ら視ること陳平の如し。
現代語訳
けれども友人の考えでは、きっとまたこう言うだろう。「禹・稷・伊尹はみな天下のためであったから、たとえ自分の身を殺しても気にかけないのももっともだ。今、寅二郎の野山獄の企ては小さなことにすぎない。どうして言うに足りようか」と。これもまた不仁の言葉である。人の命はこの上なく重く、一人も十人も百人もみな同じである。私がいま自分一人の身を気にかけて野山獄のことを放っておけば、十一人の囚人はついに日の光を見ないまま死ぬほかない。私一人で十一人に替えられるなら、私が自分の身を顧みないのも十分に理由がある。それに、昔こんな話を聞いたことがある。漢の陳平がまだ高祖に出会う前、家は貧しく読書を好んでいた。あるとき村の社の祭りで宰をつとめた。宰とは肉を切り分けて配る役のことをいう。陳平は肉をたいへん公平に分けた。村の長老たちが「陳の若者は宰がうまいものだ」と言うと、陳平は「ああ、私に天下を切り盛りさせてくれたら、この肉と同じようにしてみせるのだが」と言った。私もまた自分を陳平のように見ている。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
史記 陳丞相世家陳丞相平は、陽武の戸牖郷の人なり。少き時家貧しく、読書を好む、田三十畝有り、独り兄伯と居る。伯常に田を耕し、平を縦ちて遊学せしむ。平人と為り長大にして美色なり。人或いは陳平に謂ひて曰く、「貧しきに何を食ひて肥ゆること是くの若きや」と。其の嫂平の家の生産を視ざるを嫉み、曰く、「亦た糠覈を食ふのみ。叔有ること此くの如くんば、有ること無きに如かず」と。伯之を聞き、其の婦を逐ひて之を棄つ。平長じて、妻を娶るべきに及び、富人肯へて与ふる者莫く、貧者は平も亦た之を恥づ。之を久しくして、戸牖の富人に張負有り、張負の女孫五たび嫁して夫輒ち死す、人敢へて娶る莫し。平之を得んと欲す。邑中に喪有り、平貧し、喪に侍し、先に往き後に罷むるを以て助けと為す。張負既に之を喪所に見て、独り平を視て偉とす、平も亦た故を以て後に去る。負平に随ひて其の家に至る、家は乃ち郭を負ひたる窮巷にして、弊席を以て門と為す、然れども門外に多く長者の車轍有り。張負帰り、其の子仲に謂ひて曰く、「吾女孫を以て陳平に予へんと欲す」と。張仲曰く、「平は貧しくして事を事とせず、一県中尽く其の為す所を笑ふ、独り奈何ぞ女を予へんや」と。負曰く、「人固より好美陳平の如くにして長く貧賤なる者有らんや」と。卒に女を与ふ。平の貧しきが為に、乃ち幣を仮貸して以て聘し、酒肉の資を予へて以て婦を内る。負其の孫を誡めて曰く、「貧しきの故を以て、人に事ふること謹まざること毋かれ。兄伯に事ふること父に事ふるが如くし、嫂に事ふること母の如くせよ」と。平既に張氏の女を娶り、齎用益々饒かに、遊道日に広し。里中の社に、平宰と為り、肉食を分かつこと甚だ均し。父老曰く、「善いかな、陳孺子の宰為るや」と。平曰く、「嗟乎、平をして天下に宰たるを得しめば、亦た是の肉の如くならん」と。陳渉起ちて陳に王たり、周市をして魏の地を略定せしめ、魏咎を立てて魏王と為し、秦軍と臨済に相攻む。陳平固より已に前に其の兄伯に謝し、少年に従ひて往きて魏王咎に臨済に事ふ。魏王以て太僕と為す。
-
『学問のすゝめ』九編・庭前の草を除くよりも天下を掃除せん政府なんの所以をもって法律を設くるや、悪人を防ぎ善人を保護し、もって人間の交際を全からしめんがためなり。学者なんの所以をもって書を著述し、人を教育するや。後進の智見を導きて、もって人間の交際を保たんがためなり。往古或る支那人の言に、「天下を治むること肉を分かつがごとく公平ならん」と言い、「また庭前の草を除くよりも天下を掃除せん」と言いしも、みな人間交際のために益をなさんとするの志を述べたるものにて、およそ何人にてもいささか身に所得あればこれによりて世の益をなさんと欲するは人情の常なり。あるいは自分には世のためにするの意なきも、知らず識らずして後世、子孫みずからその功徳を蒙ることあり。人にこの性情あればこそ人間交際の義務を達し得るなり。
-
史記 刺客列伝高漸離名姓を変じて人の庸保と為り、宋子に匿れ作す。之を久しくして、作苦しく、其の家の堂上に客の筑を撃つを聞き、傍偟して去る能はず。毎に言を出だして曰く、「彼に善有り善ならざる有り」と。従者以て其の主に告げて曰く、「彼の庸は乃ち音を知り、竊かに是非を言ふ」と。家の丈人召して前に筑を撃たしむ。一坐善しと称し、酒を賜ふ。而して高漸離、久しく隠れて畏約すること窮まる時無きを念ひ、乃ち退きて、其の装匣の中の筑と其の善衣とを出だし、容貌を更めて前む。坐を挙げて客皆驚き、下りて与に抗礼し、以て上客と為す。筑を撃ちて歌はしむ。客流涕して去らざる者無し。宋子伝へて之を客とし、秦の始皇に聞こゆ。秦の始皇召し見る。人識る者有りて、乃ち曰く、「高漸離なり」と。秦の皇帝其の善く筑を撃つを惜しみ、重ねて之を赦し、乃ち其の目を矐す。筑を撃たしむるに、未だ嘗て善しと称せずんばあらず。稍く益々之に近づく。高漸離乃ち鉛を以て筑の中に置き、復た進みて近づくを得、筑を挙げて秦の皇帝を樸つ。中らず。是に於て遂に高漸離を誅し、身を終ふるまで復た諸侯の人に近づかず。魯句践已に荊軻の秦王を刺せしを聞き、私かに曰く、「嗟乎、惜しいかな其の刺剣の術を講ぜざりしや。甚だしいかな吾の人を知らざるや。曩者吾之を叱す。彼乃ち我を以て人に非ずと為せしならん」と。太史公曰く、世に荊軻を言ふに、其の太子丹の命を称して、「天粟を雨らし、馬角を生ず」とするや、太だ過ぎたり。又荊軻秦王を傷つくと言ふも、皆非なり。始め公孫季功・董生、夏無且と游び、具に其の事を知り、余の為に之を道ふこと是の如し。曹沫より荊軻に至るまで五人、此れ其の義或いは成り或いは成らず。然れども其の意を立つること較然として、其の志を欺かず、名後世に垂る。豈に妄ならんや。
-
孟子・盡心章句上孟子曰く、「孔子東山に登りて魯を小とし、泰山に登りて天下を小とす。故に海を観る者には水と為し難く、聖人の門に游ぶ者には言と為し難し。水を観るに術有り、必ず其の瀾を観る。日月明有り、光を容るるところ必ず照らす。流水の物為るや、科に盈たざれば行かず。君子の道に志すや、章を成さざれば達せず。」
-
論語・里仁篇子曰わく、いやしくも仁に志せば、悪しきこと無し。
-
史記 伯夷列伝子曰く、「道同じからざれば相ひ為に謀らず」と。亦た各々其の志に従ふなり。故に曰く、「富貴もし求む可くんば、執鞭の士と雖も、吾も亦た之を為さん。如し求む可からずんば、吾が好む所に従はん」と。「歳寒くして、然る後に松柏の凋むに後るるを知る」。世を挙げて混濁して、清士乃ち見はる。豈に其の重んずること彼の若く、其の軽んずること此くの若くなるを以てせんや。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る