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五常訓 / 巻之四・義

一子曰、君子義以爲質、禮以行之、孫以出之、信以成之、君子哉。云ふ意は君子の事を行ふは、義を以てした地とすべし。義は事を制する本なれば也。萬の事を行ふに、まづ義か不義かをかへり見るべし。義にあらずんば、行ふべからず。義に合はゞ行ふべし。是義を以てしたぢとする也。其上は、禮を以てすべ、よく行ひ、孫を以てへりくだりて、人にたかぶらず、信を以て、始終眞實に行ふべし。是君子の行なり。然れども義なければ、其事の主なし。故に禮孫信の三そなはりても、非義なれば見るに足らず。尙書に、以義制事といへるも、此意なり。

新字:一子曰、君子義以為質、礼以行之、孫以出之、信以成之、君子哉。云ふ意は君子の事を行ふは、義を以てした地とすべし。義は事を制する本なれば也。万の事を行ふに、まづ義か不義かをかへり見るべし。義にあらずんば、行ふべからず。義に合はゞ行ふべし。是義を以てしたぢとする也。其上は、礼を以てすべ、よく行ひ、孫を以てへりくだりて、人にたかぶらず、信を以て、始終真実に行ふべし。是君子の行なり。然れども義なければ、其事の主なし。故に礼孫信の三そなはりても、非義なれば見るに足らず。尚書に、以義制事といへるも、此意なり。

書き下し

一子曰く、君子は義以て質と為し、礼以て之を行ひ、孫以て之を出し、信以て之を成す、君子なるかな。云ふ意は君子の事を行ふは、義を以てした地とすべし。義は事を制する本なれば也。万の事を行ふに、まづ義か不義かをかへり見るべし。義にあらずんば、行ふべからず。義に合はば行ふべし。是義を以てしたぢとする也。其上は、礼を以てすべ、よく行ひ、孫を以てへりくだりて、人にたかぶらず、信を以て、始終真実に行ふべし。是君子の行なり。然れども義なければ、其事の主なし。故に礼孫信の三そなはりても、非義なれば見るに足らず。尚書に、以義制事といへるも、此意なり。

現代語訳

孔子は「君子は義を本質とし、礼によってこれを行い、謙遜によってこれを出し、信によってこれを成し遂げる。これこそ君子である」とおっしゃいました。その意味は、君子が事を行うのは、義を下地とすべきだということです。義は事を制する本だからです。あらゆる事を行うのに、まず義か不義かを顧みるべきです。義でなければ行ってはなりません。義に合えば行うべきです。これが義を下地とすることです。その上は、礼によって整えてよく行い、謙遜によってへりくだって人に高ぶらず、信によって始めから終わりまで真実に行うべきです。これが君子の行いです。けれども義がなければ、その事の主がありません。ゆえに礼・謙遜・信の三つが備わっても、義でなければ見るに足りません。『書経』に「義によって事を制する」とあるのも、この意味です。

解説

『論語』衛霊公篇の「君子は義以て質と為し、礼以て之を行ひ、孫以て之を出し、信以て之を成す」を解説しています。まず義にかなうかを判断して下地とし、礼で形を整え、謙遜で人に接し、信で最後までやり遂げるという、物事を行う手順として読むことができます。どれほど礼儀正しく謙虚で誠実でも、そもそも義に外れた事なら意味がないという指摘は鋭いものです。仕事でも、進め方の丁寧さより前に、それが正しいことかを問う姿勢が大切です。

この章句が説くこと

義礼信論語君子

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