春秋繁露 / 『春秋繁露』竹林第三・勝って驕れば禍が起こる
深本頃公之所以大辱身、幾亡國、為天下笑、其端乃從懾魯勝衛起;伐魯、魯不敢出;擊衛、大敗之;因得氣而無敵國、以興患也。故曰:得志有喜、不可不戒。此其效也。自是之後、頃公恐懼、不聽聲樂、不飲酒食肉、內愛百姓、問疾弔喪、外敬諸侯、從會與盟、卒終其身、家國安寧。是福之本生於憂、而禍起於喜也。嗚呼!物之所由然、其於人切近、可不省邪!
新字:深本頃公之所以大辱身、幾亡国、為天下笑、其端乃従懾魯勝衛起;伐魯、魯不敢出;撃衛、大敗之;因得気而無敵国、以興患也。故曰:得志有喜、不可不戒。此其効也。自是之後、頃公恐懼、不聴声楽、不飲酒食肉、内愛百姓、問疾弔喪、外敬諸侯、従会与盟、卒終其身、家国安寧。是福之本生於憂、而禍起於喜也。嗚呼!物之所由然、其於人切近、可不省邪!
書き下し
深く頃公の大いに身を辱め、幾ど国を亡ぼし、天下の笑いと為りし所以を本づくるに、其の端は乃ち魯を懾れしめ衛に勝つに従りて起こる。魯を伐てば、魯敢えて出でず。衛を撃てば、大いに之を敗る。因りて気を得て敵国無しとし、以て患いを興す。故に曰く、志を得て喜び有るは、戒めざるべからず、と。此れ其の効なり。是より後、頃公は恐懼し、声楽を聴かず、酒を飲まず肉を食わず、内は百姓を愛し、疾を問い喪を弔い、外は諸侯を敬い、会と盟とに従い、卒に其の身を終うるまで、家国安寧なり。是れ福の本は憂いに生じ、禍は喜びに起こるなり。嗚呼、物の然る所以は、其の人に切近なること、省みざるべけんや。
現代語訳
頃公が大いに身を辱め、あやうく国を失いかけ、天下の笑いものになった理由を深くたどると、その発端は、魯を恐れさせ衛に勝ったことから起こっています。魯を討てば魯は出てこられず、衛を撃てば大いに打ち破りました。そこで意気が上がり、敵なしと思い込んで、災いを招いたのです。ですから「志を得て喜びがあるときは、戒めなければならない」と言うのです。これがその結果です。これ以後、頃公は恐れ慎み、音楽を聴かず、酒を飲まず肉も食べず、国内では民を愛し、病を見舞い喪を弔い、国外では諸侯を敬い、会合や盟約に従い、ついに生涯を終えるまで、家も国も安らかでした。これは福の根は憂いに生じ、禍は喜びに起こるということです。ああ、物事がそうなる理由は、人にとってこれほど身近なのですから、省みずにいられるでしょうか。
解説

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説苑・敬慎夫れ福は隠約に生じ、禍は得意に生ず、斉の頃公是れなり。斉の頃公は、桓公の子孫なり。地広く民衆く、兵強く国富み、又覇者の余尊を得て、驕蹇怠傲、未だ嘗て肯えて出でて諸侯に会同せず。乃ち師を興して魯を伐ち、反りて衛師を新築に敗る。小を軽んじ大を嫚る行い甚だし。俄かにして晋魯往きて聘し、使者を以て戯る。二国怒り、帰りて党与の助けを求め、衛及び曹を得、四国相い輔けて鞍に期して戦い、大いに斉師を敗り、斉の頃公を獲え、逢丑父を斬る。是に於て戄然として大いに恐れ、逢丑父の欺きに頼りて奔逃して帰るを得たり。死を弔い疾を問い、七年酒を飲まず肉を食わず、金石糸竹の声を外にし、婦女の色を遠ざけ、出でて会と盟に与り、諸侯に卑下し、国家内に義を行うを得、声問諸侯に震う。亡ぶる所の地求めずして自ら来たり、尊寵武ならずして之を得たり。詘免変化して以て之を致すこと能うと謂うべし。故に福は隠約に生じ、禍は得意に生ず。此れ得失の効なり。
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春秋繁露・『春秋繁露』玉英第四・憂うべきを憂える者は吉魯桓は其の憂いを忘れて、禍其の身に逮ぶ。斉桓は其の憂いを憂えて、功名を立つ。推して之を散ずれば、凡そ人、憂い有りて憂うるを知らざる者は凶、憂い有りて深く之を憂うる者は吉なり。易に曰く、「復ること道よりす、何ぞ其れ咎あらん」と。此れ之を謂うなり。匹夫の道に反りて以て咎を除くは、尚お難し。人主の道に反りて以て咎を除くは、甚だ易し。詩に云う、「徳は輶きこと毛の如し」と。其の易きを言うなり。
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呂氏春秋・愼大④趙襄子、翟を攻め、老人・中人に勝つ。使者をして來たりて之に謁せしむ。襄子方に食し、飯を摶して憂色有り。左右曰く、「一朝にして兩城下る、此れ人の喜ぶ所以なり。今、君憂色有るは何ぞや。」襄子曰く、「江河の大なるや、三日に過ぎず。飄風暴雨、日中須臾ならず。今趙氏の德行、積む所無きに、一朝にして兩城下る。亡ぶること其れ我に及ばんか。」孔子之を聞きて曰く、「趙氏は其れ昌えんか。」夫れ憂うるは昌ゆるを為す所以なり。而して喜ぶは亡ぶるを為す所以なり。勝つは其の難き者に非ざるなり。之を持するは其の難き者なり。賢主は此を以て勝つを持す。故に其の福は後世に及ぶ。齊・荊・吳・越皆嘗て勝てり。而れども卒に亡を取るは、勝ちを持するに達せざればなり。唯だ有道の主のみ能く勝ちを持す。孔子の勁き、國門の關を舉ぐれども、肯て力を以て聞こえず。墨子の守攻を為すや、公輸般服せしも、肯て兵を以て加えず。善く勝ちを持する者は、術を以て弱きを彊くするなり。
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説苑・敬慎大功の効は、賢を用い道を積むに在り、浸く章らかに浸く明らかなり。衰滅の過ちは、意を得て怠るに在り、浸く蹇に浸く亡ぶ。晋の文公是れ其の効なり。晋の文公亡命に出で、道を修めて休まず、国を饗くるに至るを得たり。国を饗くるの時、上に明天子無く、下に賢方伯無く、強楚会を主どり、諸侯背畔し、天子道を失い、出でて鄭に居る。文公是に於て中国の微なるを憫れみ、咎犯・先軫・陽処父に任じ、百姓を畜愛し、戎士を厲養し、四年にして政治内に定まり、則ち兵を挙げて衛を伐ち、曹伯を執え、還りて強楚を敗り、威天下に震い、明王法もて諸侯を率いて天子に朝せしめ、敢えて聴かざる莫く、天下曠然として平定し、周室尊顕す。故に曰わく大功の効は、賢を用い道を積むに在り、浸く章らかに浸く明らかなりと。文公是に於て覇功立ち、期至りて意を得るに湯武の心あり、作して其の衆を忘れ、一年三たび師を用いて、且つ休息せず。遂に進みて許を囲み、兵亟しく弊れて服する能わず、諸侯を罷めて帰り、此より政事に怠り、狄泉の盟を為すに、親ら至らず、信衰え誼欠け、羅の補われざるが如く、威武詘折して信ぜられず、則ち諸侯朝せず、鄭遂に叛き、夷狄内侵し、衛商に遷りて止まる。故に曰わく、衰滅の過ちは、意を得て怠るに在り、浸く蹇に浸く亡ぶと。
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新語・至德魯の荘公は一年の中に、三時を以て築作の役を興し、山林草沢の利を規虞し、民と田漁薪菜の饒を争い、桷を刻み楹を丹にし、眩曜靡麗す。民の十二の税を収むるも、以て邪曲の欲を供するに足らず、不用の好を繕い、以て婦人の目を快くす。財は驕淫に尽き、力は不急に疲れ、上は用に困しみ、下は食に饑う。乃ち臧孫辰を遣わして滞積を斉に請わしむ。倉廩空匮なり、外人之を知り、是に於て斉・衛・陳・宋の伐つ所と為る。賢臣出で、邪臣乱れ、子般殺され、魯国危うし。公子牙・慶父の属、上下の序を敗り、男女の別を乱し、位を継ぐ者定まる所無く、逆乱する者懼るる所無し。是に於て斉の桓公大夫高子を遣わして僖公を立て夫人を誅し、慶父を逐いて季子を還し、然る後に社稷復た存し、子孫業に反る。豈に微弱なる者と謂わざらんや。故に威を為して強からざれば還って自ら亡び、法を立てて明らかならざれば還って自ら傷つくとは、魯の荘公の謂いなり。故に春秋穀(缺)