春秋繁露 / 『春秋繁露』玉杯第二・人を養う六つの学と教える心得
君子知在位者不能以惡服人也、是故簡六藝以贍養之。詩書序其志、禮樂純其美、易春秋明其知、六學皆大、而各有所長。詩道志、故長於質;禮制節、故長於文;樂詠德、故長於風;書著功、故長於事;易本天地、故長於數;春秋正是非、故長於治人;能兼得其所長、而不能遍舉其詳也。故人主大節則知闇、大博則業厭、二者異失同貶、其傷必至、不可不察也。是故善為師者、既美其道、有慎其行、齊時蚤晚、任多少、適疾徐、造而勿趨、稽而勿苦、省其所為、而成其所湛、故力不勞、而身大成、此之謂聖化、吾取之。
新字:君子知在位者不能以悪服人也、是故簡六芸以贍養之。詩書序其志、礼楽純其美、易春秋明其知、六学皆大、而各有所長。詩道志、故長於質;礼制節、故長於文;楽詠徳、故長於風;書著功、故長於事;易本天地、故長於数;春秋正是非、故長於治人;能兼得其所長、而不能遍舉其詳也。故人主大節則知闇、大博則業厭、二者異失同貶、其傷必至、不可不察也。是故善為師者、既美其道、有慎其行、斉時蚤晩、任多少、適疾徐、造而勿趨、稽而勿苦、省其所為、而成其所湛、故力不労、而身大成、此之謂聖化、吾取之。
書き下し
君子は、位に在る者の悪を以て人を服する能わざるを知る。是の故に六芸を簡びて以て之を贍養す。詩・書は其の志を序し、礼・楽は其の美を純にし、易・春秋は其の知を明らかにす。六学は皆大にして、各おの長ずる所有り。詩は志を道う、故に質に長ず。礼は節を制す、故に文に長ず。楽は徳を詠ず、故に風に長ず。書は功を著す、故に事に長ず。易は天地に本づく、故に数に長ず。春秋は是非を正す、故に人を治むるに長ず。能く其の長ずる所を兼ね得るも、遍く其の詳を挙ぐる能わざるなり。故に人主、大節なれば則ち知闇く、大博なれば則ち業厭う。二者は失を異にして貶を同じくし、其の傷必ず至る。察せざるべからざるなり。是の故に善く師為る者は、既に其の道を美にし、又其の行を慎み、時の蚤晩を斉え、多少に任じ、疾徐に適い、造くも趨らせず、稽むるも苦しめず、其の為す所を省み、其の湛う所を成す。故に力労せずして、身大いに成る。此れ之を聖化と謂う、吾之を取る。
現代語訳
君子は、位にある者が悪をもって人を従わせることはできないと知っています。そのため六芸を選んで人を養うのです。詩と書は志を述べ、礼と楽は美しさを純にし、易と春秋は知を明らかにします。六つの学はどれも大きく、それぞれに長所があります。詩は志を語るので質に長じ、礼は節度を定めるので文に長じ、楽は徳を詠うので風化に長じ、書は功績を記すので事に長じ、易は天地に基づくので数に長じ、春秋は是非を正すので人を治めることに長じます。それらの長所を兼ねて得ることはできても、すべての細部を挙げ尽くすことはできません。ですから人主は、大づかみに過ぎれば知が暗くなり、広く手を出し過ぎれば学業を嫌うようになります。この二つは失い方は異なっても同じく損なわれ、その害は必ず及びます。よく見きわめねばなりません。だから、よい師とは、その道を美しく整えたうえで、さらに自分の行いを慎み、時機の早い遅いをそろえ、量の多い少ないを見はからい、速さ遅さに合わせ、導いても急がせず、確かめても苦しめず、その人のしたことを省み、深く身につけようとするところを成し遂げさせます。こうして力を労せずに、身は大いに成就します。これを聖の化と呼び、私はこれを採るのです。
解説

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『淮南子』泰族訓溫惠柔良なる者は、詩の風なり。淳龐敦厚なる者は、書の教えなり。清明條達なる者は、易の義なり。恭儉尊讓なる者は、禮の爲なり。寬裕簡易なる者は、樂の化なり。刺幾辯義なる者は、春秋の靡なり。故に易の失は、鬼なり。樂の失は、淫なり。詩の失は、愚なり。書の失は、拘なり。禮の失は、忮なり。春秋の失は、訾なり。六者は、聖人 兼ね用いて之を財制す。本を失えば則ち亂れ、本を得れば則ち治まる。其の美は和に在り、其の失は權に在り。
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孔子家語・問玉孔子曰く、「其の國に入れば、其の教え知るべし。其の人と為りや、溫柔敦厚なるは、詩の教えなり。疏通知遠なるは、書の教えなり。廣博易良なるは、樂の教えなり。潔靜精微なるは、易の教えなり。恭儉莊敬なるは、禮の教えなり。辭を屬ね事を比するは、春秋の教えなり。故に詩の失は愚、書の失は誣、樂の失は奢、易の失は賊、禮の失は煩、春秋の失は亂なり。其の人と為りや、溫柔敦厚にして愚ならざれば、則ち詩に深き者なり。疏通知遠にして誣ならざれば、則ち書に深き者なり。廣博易良にして奢ならざれば、則ち樂に深き者なり。潔靜精微にして賊ならざれば、則ち易に深き者なり。恭儉莊敬にして煩ならざれば、則ち禮に深き者なり。辭を屬ね事を比して亂ならざれば、則ち春秋に深き者なり。天に四時有るは、春夏秋冬、風雨霜露、教えに非ざる無きなり。地神氣を載せ、雷霆を吐納し、庶物を流形するも、教えに非ざる無きなり。清明躬に在りて、氣志神のごとく、物將に至らんとする有れば、其の兆必ず先んず。是の故に天地の教えは、聖人と相參わる。其の詩に在りて曰く、『嵩高たる惟れ嶽、峻極天に於てす。惟れ嶽神を降し、甫と申とを生ず。惟れ申と甫とは、惟れ周の翰なり。』四國に於て蕃たり、四方に於て宣たり、此れ文武の德なり。其の文德を矢べ、此の四國に協う、此れ文王の德なり。凡そ三代の王は、必ず其の令問を先んず。詩に云う、『明明たる天子、令問已まず』とは、三代の德なり。」
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『長短経』正論故に曰く、其の国に入れば、其の教え知る可きなり、と。其の人と為りや、温柔敦厚なるは、詩の教えなり。疏通知遠なるは、書の教えなり。広博易良なるは、楽の教えなり。潔浄精微なるは、易の教えなり。恭倹荘敬なるは、礼の教えなり。辞を属ね事を比ぶるは、春秋の教えなり。故に詩の失は愚、書の失は誣、楽の失は奢、易の失は賊、礼の失は煩、春秋の失は乱なり。其の人と為りや、温柔敦厚にして愚ならざれば、則ち詩に深きなり。
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礼記・経解孔子曰く、「その国に入れば、その教え知るべきなり」と。その人と為りや、温柔敦厚なるは、詩の教えなり。疏通知遠なるは、書の教えなり。広博易良(こうはくいりょう)なるは、楽の教えなり。絜静精微(けっせいせいび)なるは、易の教えなり。恭倹荘敬なるは、礼の教えなり。属辞比事(しょくじひじ)なるは、春秋の教えなり。故に詩の失は愚、書の失は誣(ふ)、楽の失は奢、易の失は賊、礼の失は煩、春秋の失は乱。その人と為りや、温柔敦厚にして愚ならざれば、則ち詩に深き者なり。疏通知遠にして誣ならざれば、則ち書に深き者なり。広博易良にして奢ならざれば、則ち楽に深き者なり。絜静精微にして賊ならざれば、則ち易に深き者なり。恭倹荘敬にして煩ならざれば、則ち礼に深き者なり。属辞比事にして乱れざれば、則ち春秋に深き者なり。
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