新書 / 六術
然而人雖有六行,微細難識,唯先王能審之,凡人弗能自志。是故必待先王之教,乃知所從事。是以先王爲天下設教,因人所有,以之爲訓;道人之情,以之爲真。是故內法六法,外體六行,以興詩書易春秋禮樂六者之術以爲大義,謂之六藝。令人緣之以自修,修成則得六行矣。六行不正,反合六法。藝之所以六者,法六法而體六行故也,故曰六則備矣。六者非獨爲六藝本也,他事亦皆以六爲度。
新字:然而人雖有六行,微細難識,唯先王能審之,凡人弗能自志。是故必待先王之教,乃知所従事。是以先王為天下設教,因人所有,以之為訓;道人之情,以之為真。是故内法六法,外体六行,以興詩書易春秋礼楽六者之術以為大義,謂之六芸。令人縁之以自修,修成則得六行矣。六行不正,反合六法。芸之所以六者,法六法而体六行故也,故曰六則備矣。六者非独為六芸本也,他事亦皆以六為度。
書き下し
然れども人六行有りと雖も、微細にして識り難く、唯だ先王のみ能く之を審らかにす。凡人は自ら志す能わず。是の故に必ず先王の教えを待ちて、乃ち従事する所を知る。是を以て先王は天下の為に教えを設け、人の有する所に因りて、以て訓と為し、人の情を道きて、以て真と為す。是の故に内は六法に法り、外は六行を体し、以て詩・書・易・春秋・礼・楽の六者の術を興して以て大義と為し、之を六芸と謂う。人をして之に縁りて以て自ら修めしめ、修成れば則ち六行を得。六行正しからざるは、反って六法に合う。芸の六たる所以は、六法に法りて六行を体するが故なり。故に曰く、六にして備わる、と。六者は独り六芸の本たるのみに非ず、他事も亦皆六を以て度と為す。
現代語訳
とはいえ、人に六行があるといっても、微細で見分けにくく、ただ先王だけがこれを明らかにできます。凡人は自分で志すことができません。だから必ず先王の教えを待って、はじめて従事すべきことを知ります。そこで先王は天下のために教えを設け、人にもともとあるものに従って教えとし、人の情を導いて真実とします。こうして内には六法にのっとり、外には六行を体現し、詩・書・易・春秋・礼・楽の六つの術を興して大義とし、これを六芸といいます。人にこれによって自ら修めさせ、修め終えれば六行を得ます。六行が正しくないと、かえって六法に合いません。芸が六つである理由は、六法にのっとって六行を体するためです。だから「六にして備わる」といいます。六は六芸の根本というだけでなく、他の事柄もみな六を尺度とします。
解説
この章句が説くこと
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