尚書 / 西伯戡黎
祖伊反曰:「嗚呼!乃罪多參在上,乃能責命于天!殷之即喪,指乃功,不無戮于爾邦。」
新字:祖伊反曰:「嗚呼!乃罪多参在上,乃能責命于天!殷之即喪,指乃功,不無戮于爾邦。」
書き下し
祖伊反りて曰く、「嗚呼(ああ)、乃の罪多く参(つら)なりて上に在り、乃ち能く命を天に責めんや。殷の即ち喪ぶる、乃の功を指さば、爾の邦に戮せられざること無からん。」
現代語訳
祖伊は退いて言った。「ああ、あなたの罪は数多く重なって天に知られているのに、それでもなお天命を天に求めることができようか。殷が滅びようとしているのは、あなたの所業を見れば明らかであり、あなたの国が滅ぼされずに済むことはないであろう。」
解説
天命は自分にあると言い放った紂王に対し、祖伊が退いて述べた言葉である。罪を重ねながら天命を天に求めることなどできないと断じ、殷の滅亡は王自身の所業から明らかだと言い切る。天命は生まれながらに保証されたものではなく、行いによって得られ失われるという考えは、周以後の天命思想の中心となり、易姓革命の論理を支えた。この短い篇は、殷の滅亡の前夜を臣下の目から伝える点でも貴重である。地位や実績があるからといって将来が保証されるわけではなく、日々の行いが信頼を支えているという戒めとして、今の経営者にもそのまま当てはまる。
関連する章句
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尚書・西伯戡黎西伯既に黎を戡(か)つ、祖伊恐れ、奔りて王に告ぐ。曰く、「天子よ、天既に我が殷の命を訖(を)へんとす。格人元亀も、敢て吉を知る罔し。先王我が後人を相けざるに非ず、惟れ王淫戯して用て自ら絶つ。故に天我を棄て、康食有らず、天性を虞(はか)らず、率典に迪(したが)はず。今我が民喪びんことを欲せざる罔く、曰く、『天曷ぞ威を降さざる、大命摯(いた)らざる』と。今王其れ台(われ)を如何せん。」王曰く、「嗚呼(ああ)、
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史記 殷本紀西伯飢国を伐ちて、之を滅ぼすに及び、紂の臣祖伊之を聞きて周を咎め、恐れて、奔りて紂に告げて曰く、「天既に我が殷の命を訖へんとす。人を仮りて元亀もてするも、敢へて吉を知る無し。先王我が後人を相けざるに非ず、維れ王淫虐にして用て自ら絶つ。故に天我を棄て、安食有らず、天性を虞知せず、率典に迪らず。今我が民喪びんことを欲せざる罔く、曰く『天曷ぞ威を降さざる、大命胡ぞ至らざる』と。今王其れ柰何せん」と。
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尚書・西伯戡黎我が生、命は天に在るに非ずや。
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尚書・召誥我敢て知りて曰はず、有夏天命に服し、惟れ歴年有りと。我敢て知りて曰はず、其れ延びず、惟れ厥の徳を敬せざれば、乃ち早く厥の命を墜とすと。我敢て知りて曰はず、有殷天命を受け、惟れ歴年有りと。我敢て知りて曰はず、其れ延びず、惟れ厥の徳を敬せざれば、乃ち早く厥の命を墜とすと。今王嗣ぎて厥の命を受く、我も亦惟れ茲の二国の命を、嗣ぎて功を若(したが)ふ。王乃ち初めて服す。嗚呼(ああ)、
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尚書・酒誥我聞く亦惟れ曰く、『今の後嗣王に在りては、身を酣(たの)しましめ、厥の命民に顕らかならず、祗み保つは越に怨みにして、易(か)へず。誕(おほ)いに惟れ厥の縦淫泆を非彝に于いてし、燕を用て威儀を喪ひ、民衋(いた)みて心を傷ましめざる罔し。惟れ酒に荒腆(こうてん)し、惟れ自ら息(や)めず、乃ち逸す。厥の心疾很(しつこん)にして、死を畏るる克はず。辜商邑に在り、越に殷国滅ぶるも罹(うれ)ふる無し。徳の馨香、祀りて登りて天に聞こゆるに惟はず、誕いに惟れ民の怨み、庶群自ら酒し、腥(なまぐさ)きこと上に聞こゆ。故に天喪を殷に降し、殷を愛する罔し、惟れ逸なればなり。天虐なるに非ず、惟れ民自ら辜を速(まね)く。』」王曰く、「封よ。予惟れ茲の若く多く誥ぐるのみならず。古人言へる有り、曰く、
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史記 殷本紀紂曰く、「我生まれて命の天に在る有らずや」と。祖伊反りて、曰く、「紂諫む可からず」と。西伯既に卒し、周の武王の東伐して、盟津に至る。諸侯の殷に叛きて周に会する者八百。諸侯皆曰く、「紂伐つ可し」と。武王曰く、「爾未だ天命を知らず」と。乃ち復た帰る。紂愈淫乱して止まず。微子数諫むるも聴かず、乃ち大師・少師と謀り、遂に去る。比干曰く、「人臣為る者は、死を以て争はざるを得ず」と。迺ち強ひて紂を諫む。紂怒りて曰く、「吾聞く、聖人の心に七竅有りと」と。比干を剖き、其の心を観る。箕子懼れ、乃ち詳狂して奴と為る。紂又之を囚ふ。殷の大師・少師乃ち其の祭楽器を持ちて周に奔る。周の武王是に於て遂に諸侯を率ゐて紂を伐つ。紂も亦兵を発して之を牧野に距ぐ。甲子の日、紂の兵敗る。紂走り、入りて鹿台に登り、其の宝玉の衣を衣て、火に赴きて死す。
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