尚書 / 說命下
昔先正保衡,作我先王,乃曰:『予弗克俾厥後惟堯、舜,其心愧恥,若撻于市。』一夫不獲,則曰:『時予之辜!』佑我烈祖,格于皇天。爾尚明保予,罔俾阿衡,專美有商。為后非賢不乂,惟賢非后不食。其爾克紹乃辟于先王,永綏民!」說拜稽首,曰:「敢對揚天子之休命!」
新字:昔先正保衡,作我先王,乃曰:『予弗克俾厥後惟堯、舜,其心愧恥,若撻于市。』一夫不獲,則曰:『時予之辜!』佑我烈祖,格于皇天。爾尚明保予,罔俾阿衡,専美有商。為后非賢不乂,惟賢非后不食。其爾克紹乃辟于先王,永綏民!」説拝稽首,曰:「敢対揚天子之休命!」
書き下し
昔先正保衡、我が先王を作(おこ)し、乃ち曰く、『予厥の後をして惟れ堯・舜たらしむる克はずんば、其の心愧恥すること、市に撻(むちう)たるるが若し』と。一夫も獲ざれば、則ち曰く、『時れ予の辜なり』と。我が烈祖を佑け、皇天に格(いた)る。爾尚はくは明らかに予を保ち、阿衡をして、専ら美を有商に有たしむる罔かれ。后は賢に非ざれば乂(をさ)まらず、賢は后に非ざれば食まず。其れ爾克く乃の辟を先王に紹(つ)がしめ、永く民を綏んぜよ。」説拝して稽首して曰く、「敢て天子の休命に対揚せん。」
現代語訳
昔、先代の正臣である保衡(ほこう、伊尹)は我が先王(成湯)を興し、こう言った。『私が我が君を堯や舜のような聖王にすることができなければ、その恥ずかしさは市場で鞭打たれるようなものだ』と。民の一人でも然るべき所を得なければ、『これは私の罪である』と言った。こうして我が烈祖(成湯)を助け、その徳は天にまで届いた。どうかそなたは私を明らかに守り支え、阿衡(伊尹)一人に殷の名臣の誉れを独り占めさせないでくれ。君主は賢者がいなければ国を治められず、賢者は君主がいなければ禄を食むことができない。そなたはよく我が君(私)を先王の後に継がせ、永く民を安んじてくれ。」傅説は拝礼して頭を地につけ、言った。「謹んで天子の立派な命令にお応えし、これを広めよう。」
解説
関連する章句
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尚書・說命上王憂に宅(を)ること亮陰三祀。既に喪を免るるも、其れ惟れ言はず。群臣咸王を諫めて曰く、「嗚呼(ああ)、之を知るを明哲と曰ひ、明哲は実に則を作す。天子惟れ万邦に君たり、百官式を承く。王言ふを惟れ命と作す、言はずんば、臣下令を稟(う)くる攸罔し。」王庸(もつ)て書を作りて以て誥げて曰く、「台(われ)を以て四方を正さしむ、惟れ徳の類せざるを恐る、茲の故に言はず。恭黙して道を思ふに、帝予に良弼を賚(たま)ふを夢む、其れ予に代はりて言はしめん。」乃ち厥の象を審らかにし、形を以て旁く天下に求めしむ。説傅巌の野に築く、惟れ肖たり。爰に立てて相と作し、王諸を其の左右に置く。之に命じて曰く、「朝夕誨を納れ、以て台の徳を輔けよ。
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尚書・說命上若し跣(はだし)にして地を視ずんば、厥の足用て傷つかん。惟れ乃の僚と暨に、同心ならざる罔く、以て乃の辟(きみ)を匡せ。先王に率ひ、我が高后を迪み、以て兆民を康んぜしめよ。嗚呼(ああ)、予が時の命を欽み、其れ惟れ終はり有れ。」説王に復して曰く、
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尚書・說命下厥の徳修まりて覚ゆる罔し。先王の成憲に監(かんが)みれば、其れ永く愆(あやま)ち無からん。惟れ説式て克く欽み承け、旁く俊乂(しゅんがい)を招きて、庶位に列せん。」王曰く、「嗚呼(ああ)、説よ。四海の内、咸朕が徳を仰ぐは、時れ乃の風なり。
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尚書・說命中惟れ説百官を総ぶるを命ぜられ、乃ち王に進みて曰く、「嗚呼(ああ)、明王天道を奉じ若(したが)ひ、邦を建て都を設け、后王君公を樹て、承くるに大夫師長を以てす。惟れ逸豫の為ならず、惟れ以て民を乱(をさ)めんとなり。惟れ天は聡明なり、惟れ聖は時れ憲(のっと)り、惟れ臣は欽み若ひ、惟れ民は従ひて乂(をさ)まる。惟れ口は羞を起こし、惟れ甲冑は戎を起こす。惟れ衣裳は笥に在り、惟れ干戈は厥の躬を省みる。王惟れ茲を戒め、允に茲に克く明らかなれば、乃ち休(よ)からざる罔し。
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尚書・說命上后克く聖なれば、臣命ぜずとも其れ承く、疇(たれ)か敢て王の休命に祗(つつし)み若(したが)はざらん。」
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尚書・說命下王曰く、「来れ、汝説。台(われ)小子旧(もと)甘盤に学び、既にして乃ち荒野に遯(のが)れ、入りて河に宅(を)る。河より亳に徂き、厥の終はりに暨(およ)ぶまで顕らかなる罔し。爾惟れ朕が志を訓(をし)へよ。若し酒醴を作らば、爾惟れ麴糵(きくげつ)なり。若し和羹を作らば、爾惟れ塩梅なり。爾交々予を修め、予を棄つる罔かれ、予惟れ克く乃の訓に邁(すす)まん。」説曰く、「王よ、
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