尚書 / 說命下
股肱惟人,良臣惟聖
書き下し
股肱は惟れ人、良臣は惟れ聖なり。
現代語訳
手足となる家臣があってこそ君主は人君たりえ、良き臣下があってこそ君主は聖君となることができる。
解説
人は一人では立ち行かず、支えてくれる存在があってこそ本来の力を発揮できるという教えである。仕事でも家庭でも、自分を支えてくれる同僚や仲間があってはじめて、自分自身がより良く機能し、思いもよらぬ成長を遂げることができる。同時に、自分もまた誰かにとっての股肱でありうると気づけば、支え合う関係の尊さが見えてくる。良き助けを得て初めて見える景色があることを、この句は静かに説いている。なお、本篇は東晋期に伝わった古文尚書に属し、後世の編纂とみる説が有力である。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
股肱良臣補佐
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尚書・冏命僕臣正しければ、厥の后克く正し。僕臣諛えば、厥の后自ら聖とす。
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