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尚書 / 說命中

惟厥攸居,政事惟醇。黷于祭祀,時謂弗欽;禮煩則亂,事神則難。」王曰:「旨哉!說乃言惟服。乃不良于言,予罔聞于行。」說拜稽首,曰:

新字:惟厥攸居,政事惟醇。黷于祭祀,時謂弗欽;礼煩則乱,事神則難。」王曰:「旨哉!説乃言惟服。乃不良于言,予罔聞于行。」説拝稽首,曰:

書き下し

惟れ厥の居る攸にして、政事惟れ醇なり。祭祀に黷(けが)るる、時れ欽まずと謂ふ。礼煩はしければ則ち乱れ、神に事ふること則ち難し。」王曰く、「旨(うま)いかな。説乃の言惟れ服せん。乃言に良からずんば、予行ひに聞く罔からん。」説拝して稽首して曰く、

現代語訳

(君主が)その居るべきところにとどまっていれば、政事は純一になる。祭祀をみだりに繰り返してけがすのは、慎みがないということである。礼が煩雑になれば乱れ、神に仕えることもかえって難しくなる。」王は言った。「見事である。説よ、そなたの言葉に私は従おう。そなたが良い言葉を言ってくれなければ、私は行うべきことを聞くことがなかったであろう。」傅説は拝礼して頭を地につけ、言った。

解説

傅説の進言の結びと、それを受けた武丁の応答である。傅説は、祭祀をみだりに繰り返すのは慎みを欠くことであり、礼が煩雑になればかえって乱れると説く。高宗武丁は祭祀に熱心な王として伝えられ、高宗肜日篇でも祭祀の偏りを戒められている。王は「旨いかな」と感嘆し、良い言葉がなければ行うべきことを知ることもなかったと進言に感謝する。形式を増やすほど本来の目的から遠ざかるという指摘は、会議や手続きが増えすぎた現代の組織にも通じる。進言を素直に喜ぶ王の姿も、聞く側の手本として描かれている。本篇は東晋期に伝わった古文尚書に属し、後世の編纂とみる説が有力である。

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