尚書 / 說命中
無啟寵納侮,無恥過作非
書き下し
寵を啓きて侮りを納るる無かれ、過ちを恥じて非を作す無かれ。
現代語訳
寵愛を安売りして侮りを招いてはならず、過ちを恥じるあまり、それを取り繕おうとしてさらに間違いを重ねてはならない。
解説
相手に気に入られようと過度に譲歩を重ねると、かえって軽んじられ、関係そのものが崩れていくことがある。また、失敗をしたときに、その恥ずかしさから言い訳や取り繕いを重ねてしまうと、一つの過ちが次の過ちを呼び込んでしまう。この一句は、甘さと誠実さの違い、そして過ちを認める潔さの大切さを、対になる二つの戒めとして示している。なお、本篇は東晋期に伝わった古文尚書に属し、後世の編纂とみる説が有力である。
この章句が説くこと
節度過ち誠実
関連する章句
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尉繚子・兵教下太上は過ち無く、其の次は過ちを補う。
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葉隠・聞書第一時により、人に用(よう)をいい、物をもらう事有り。それも度重(たびかさ)ならば、無心(むしん)になり、いやしかるべし。何とぞ済む事ならば、用をいわぬように有りたきなり。
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葉隠・聞書第一大酒にて後れを取りたる人、数多(あまた)なり。別して残念の事なり。まず我が丈け分(たけぶん)をよく覚え、その上は飲まぬ様にありたきなり。そのうちにも、時により、酔い過す事あり。酒座(しゅざ)には就中(なかんずく)気をぬかさず、図(はか)らぬ事出来(しゅったい)ても間に合う様に、了簡(りょうけん)あるべき事なり。また酒宴は……
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尚書・太甲中欲は度を敗り、縦は礼を敗る。
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葉隠・聞書第一山崎蔵人(やまざきくらんど)は一生、仕舞物(しまいもの)と名の附(つ)きたる物は取られず候。さてまた町人の宅(たく)へ一生参り申されず候。誠に奉公人の嗜(たしな)み、斯様(かよう)にこそありたく候。石井九郎右衛門(いしいくろうえもん)も仕舞物仕(つかまつ)られず候。近代の衆(しゅう)は仕舞物とさえいえば我先(われさき)にと望を掛け、町人などの所へは無理に押掛(おしか)け振舞(ふるまい)致させ、店棚(みせだな)に調物(ととのえもの)に参り候事を慰みなどと取りなし候事、風儀(ふうぎ)悪しく、侍の本意(ほんい)にあらずと存じ候。
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易経・彖伝「節(せつ)は亨(とお)る」。剛柔分かれて剛は中を得たり。「苦節(くせつ)は貞(てい)にすべからず」とは、其の道窮(きわ)まればなり。説(よろこ)びて以て險(けん)を行き、位に當(あ)たりて以て節し、中正にして以て通ず。天地節して四時(しじ)成る。節するに制度を以てすれば、財を傷(そこな)わず、民を害せず。