師導古典を学びたいすべての人に

尚書 / 太甲上

惟嗣王不惠于阿衡,伊尹作書曰:「先王顧諟天之明命,以承上下神祇。社稷宗廟,罔不祗肅。天監厥德,用集大命,撫綏萬方。惟尹躬克左右厥辟,宅師,肆嗣王丕承基緒。惟尹躬先見于西邑夏,自周有終。相亦惟終;其後嗣王罔克有終,相亦罔終,嗣王戒哉!祗爾厥辟,辟不辟,忝厥祖。」王惟庸罔念聞。伊尹乃言曰:「先王昧爽丕顯,坐以待旦。旁求俊彥,啟迪後人,無越厥命以自覆。

新字:惟嗣王不恵于阿衡,伊尹作書曰:「先王顧諟天之明命,以承上下神祇。社稷宗廟,罔不祗粛。天監厥徳,用集大命,撫綏万方。惟尹躬克左右厥辟,宅師,肆嗣王丕承基緒。惟尹躬先見于西邑夏,自周有終。相亦惟終;其後嗣王罔克有終,相亦罔終,嗣王戒哉!祗爾厥辟,辟不辟,忝厥祖。」王惟庸罔念聞。伊尹乃言曰:「先王昧爽丕顕,坐以待旦。旁求俊彦,啓迪後人,無越厥命以自覆。

書き下し

惟れ嗣王阿衡(あかう)に恵(したが)はず。伊尹書を作りて曰く、「先王天の明命を顧諟(こし)し、以て上下の神祇に承(つか)ふ。社稷宗廟、祗粛(ししゆく)ならざる罔し。天厥(そ)の徳を監(み)て、用(も)て大命を集め、万方を撫綏(ぶすい)せしむ。惟れ尹躬(みづか)ら克く厥の辟(きみ)を左右し、師に宅(を)らしむ。肆(ゆゑ)に嗣王丕(おほ)いに基緒を承く。惟れ尹躬ら先づ西邑の夏を見るに、周(まこと)有りて終はり有り、相(しやう)も亦惟れ終はり有り。其の後の嗣王克く終はり有る罔く、相も亦終はり罔し。嗣王戒めよや。爾(なんぢ)の厥の辟たるを祗(つつし)め。辟にして辟たらずんば、厥の祖を忝(はづかし)めん」と。王惟れ庸(つね)にして念ひ聞く罔し。伊尹乃ち言ひて曰く、「先王昧爽(まいさう)に丕(おほ)いに顕らかにし、坐して以て旦(あした)を待つ。旁(あまね)く俊彦(しゆんげん)を求め、後人を啓迪(けいてき)す。厥の命を越えて以て自ら覆ること無かれ。

現代語訳

嗣王(太甲、湯の孫)は阿衡(あこう、宰相の伊尹)の言うことに従わなかった。伊尹は書を作って言った。「先王(湯)は天の明らかな命を常に心に留めて、天地の神々に仕えた。国の社稷と祖先の宗廟に、つつしみ敬わないことはなかった。天はその徳を見て、大いなる天命を授け、天下を安らかに治めさせた。私、伊尹はみずからよく君主を補佐して、民衆を安住させた。それゆえ嗣王は大いにその基業を受け継いだのである。私はかつて西方の夏の都を見たが、(夏の先王は)誠実であったので終わりを全うし、補佐する宰相もまた終わりを全うした。その後の嗣王は終わりを全うできなかったので、宰相もまた終わりを全うできなかった。嗣王よ、戒められよ。君主であることをつつしまれよ。君主でありながら君主らしくなければ、祖先を辱めることになる。」王は相変わらずで、心に留めて聞こうとしなかった。伊尹はそこで言った。「先王は夜明け前から大いに心を明らかにして、座って朝が来るのを待たれた。広く才能ある人物を求めて、後の人々を導かれた。その命に背いて、自ら身を滅ぼすようなことがあってはならない。

解説

太甲上の冒頭で、湯の孫の太甲が即位後に宰相伊尹の言うことを聞かず、伊尹が書を作って諫める場面である。伊尹は、湯が天命をつつしみ神々を敬ったから大命を受けたと説き、夏では君主が終わりを全うできなかったために、補佐の宰相も共に倒れたと警告する。「辟にして辟たらずんば、厥の祖を忝めん」は、地位にふさわしい振る舞いをしなければ祖先を辱めるという戒めである。それでも聞き入れない王に、伊尹は湯が夜明け前から起きて政務に備え、広く人材を求めたことを語り、勤勉さの手本を示す。上に立つ者が役割にふさわしく振る舞わなければ、支える者たちまで巻き込んで倒れることになる。本篇は東晋期に伝わった古文尚書に属し、後世の編纂とみる説が有力である。

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る