史記 / 殷本紀
紂諸侯の畔く者有り、乃ち重刑辟にして、炮格の法有り。王子比干諫むるも聴かず。西伯陰かに徳を修め善を行ふ、諸侯多く紂に叛きて西伯に帰す。祖伊奔りて紂に告ぐ、紂曰、我生まれて命の天に在る有らずやと。祖伊反りて曰、紂諫む可からずと。比干曰、人臣為る者は、死を以て争はざるを得ずと。乃ち彊ひて紂を諫む。紂怒りて曰、吾聞く聖人の心に七竅有りと。比干を剖きて、其の心を観る。紂の兵敗れ、鹿臺に登り、火に赴きて死す。
新字:紂諸侯の畔く者有り、乃ち重刑辟にして、炮格の法有り。王子比干諫むるも聴かず。西伯陰かに徳を修め善を行ふ、諸侯多く紂に叛きて西伯に帰す。祖伊奔りて紂に告ぐ、紂曰、我生まれて命の天に在る有らずやと。祖伊反りて曰、紂諫む可からずと。比干曰、人臣為る者は、死を以て争はざるを得ずと。乃ち彊ひて紂を諫む。紂怒りて曰、吾聞く聖人の心に七竅有りと。比干を剖きて、其の心を観る。紂の兵敗れ、鹿台に登り、火に赴きて死す。
書き下し
紂諸侯の畔く者有り、乃ち重刑辟にして、炮格の法有り。王子比干諫むるも聴かず。西伯陰かに徳を修め善を行ふ、諸侯多く紂に叛きて西伯に帰す。祖伊奔りて紂に告ぐ、紂曰く、「我生まれて命の天に在る有らずや」と。祖伊反りて曰く、「紂諫む可からず」と。比干曰く、「人臣為る者は、死を以て争はざるを得ず」と。乃ち彊ひて紂を諫む。紂怒りて曰く、「吾聞く聖人の心に七竅有りと」と。比干を剖きて、其の心を観る。紂の兵敗れ、鹿臺に登り、火に赴きて死す。
現代語訳
「あらゆる諫言を退け、自らを絶対と過信する者は、身を滅ぼす」——殷を滅ぼした暴君・紂王の、破滅への道を描いた一段です。殷最後の王・紂は、暴政をほしいままにしました。諸侯が背くと、刑罰を重くし、「炮格(ほうらく)の刑」という、火であぶる残酷な刑まで作ります。王子の比干が諫めても、聞き入れません。一方、その頃、西の地では、西伯(後の周の文王)が、ひそかに徳を修め、善政を行っていたため、多くの諸侯が、暴虐な紂に背いて、西伯のもとへ集まっていきました。殷の衰えを見た臣下の祖伊が、慌てて紂に「天が我が殷を見放そうとしています」と警告します。ところが紂は、こう言い放ちました。「私は生まれながらに、天から(王としての)使命を授かっているではないか(我生不有命在天乎)」と。自らを絶対と過信し、警告を歯牙にもかけなかったのです。祖伊は「紂は、もはや諫めようがない」と、匙を投げました。それでも、忠臣・比干は、命がけで諫めます。「人の臣たる者は、(主君の過ちを)死を賭してでも諫めねばならない」と、強く諫言しました。すると紂は、激怒して、こう言い放ちます。「聖人の心臓には、七つの穴があると聞く(お前が聖人ぶるなら、確かめてやろう)」と。そして、なんと比干の胸を割いて、その心臓を見た、というのです。忠臣を、むごたらしく殺したのです。こうして、あらゆる諫言を退け、忠臣を殺し、自らを絶対と過信した紂は、ついに周の武王に討たれ、燃えさかる火に身を投じて、死にました。ここに、破滅への道についての教訓があります。第一に、あらゆる諫言・忠告を退け、耳を貸さなくなった者は、必ず身を滅ぼすということ。比干の諫めも、祖伊の警告も、紂はすべて拒んだ。聴く耳を失うことは、破滅の始まりである。第二に、自らを絶対と過信し、「自分は特別だ」「自分には天命がある」と慢心すること(我生不有命在天乎)の危うさ。根拠なき万能感は、現実を見えなくさせ、警告への鈍感を生む。第三に、耳の痛いことを言う忠臣を、疎んじ、遠ざけ、あるいは害することの愚かさ。諫言する者を失えば、過ちを正す最後の機会も失われる。組織やリーダーの立場で、諫言や忠告に耳を貸さなくなることの危うさを知ること、根拠なき万能感や慢心が現実を見えなくすると自覚すること、そして耳の痛いことを言う者を疎んじず大切にすること——紂王の破滅は、暴君が自滅する道筋を、痛烈な反面教師として教えます。