尚書 / 胤征
惟仲康肇位四海,胤侯命掌六師,羲和廢厥職,酒荒于厥邑,胤后承王命徂征。告于眾曰:嗟予有眾!「聖有謨訓。明徵定保。」先王克謹天戒,臣人克有常憲,百官修輔厥后,惟明明。每歲孟春,「遒人以木鐸徇于路,官師相規,工執藝事以諫。」其或不恭,邦有常刑,惟時羲和,顛覆厥德,沈亂于酒。畔官離次,俶擾天紀,遐棄厥司。乃季秋月朔,「辰弗集于房,瞽奏鼓,嗇夫馳,庶人走。」羲和尸厥官,罔聞知,昏迷于天象,以干先王之誅。政典曰:「先時者殺無赦,不及時者殺無赦。」今予以爾有眾,奉將天罰。爾眾士同力王室,尚弼予,欽承天子威命。
新字:惟仲康肇位四海,胤侯命掌六師,羲和廃厥職,酒荒于厥邑,胤后承王命徂征。告于衆曰:嗟予有衆!「聖有謨訓。明徴定保。」先王克謹天戒,臣人克有常憲,百官修輔厥后,惟明明。毎歳孟春,「遒人以木鐸徇于路,官師相規,工執芸事以諫。」其或不恭,邦有常刑,惟時羲和,顛覆厥徳,沈乱于酒。畔官離次,俶擾天紀,遐棄厥司。乃季秋月朔,「辰弗集于房,瞽奏鼓,嗇夫馳,庶人走。」羲和尸厥官,罔聞知,昏迷于天象,以干先王之誅。政典曰:「先時者殺無赦,不及時者殺無赦。」今予以爾有衆,奉将天罰。爾衆士同力王室,尚弼予,欽承天子威命。
書き下し
惟れ仲康肇(はじ)めて四海に位し、胤侯命ぜられて六師を掌(つかさど)る。羲和厥(そ)の職を廃し、厥の邑に酒荒す。胤后王命を承けて徂(ゆ)きて征す。衆に告げて曰く、「嗟(ああ)予が有衆。聖に謨訓有り、明らかに徴(しるし)ありて定保す。先王克く天戒を謹み、臣人克く常憲有り、百官修めて厥の后を輔け、惟れ明明たり。毎歳孟春、遒人(しうじん)木鐸を以て路に徇(とな)へ、官師相規(ただ)し、工は藝事を執りて以て諫む。其れ或いは恭しからざれば、邦に常刑有り。惟れ時(これ)羲和、厥の徳を顛覆し、酒に沈乱す。官に畔(そむ)き次を離れ、俶(はじ)めて天紀を擾(みだ)し、遐(とほ)く厥の司を棄つ。乃ち季秋の月朔、辰房に集(やす)んぜず、瞽は鼓を奏し、嗇夫(しよくふ)は馳せ、庶人は走る。羲和厥の官に尸(し)して、聞知する罔(な)く、天象に昏迷し、以て先王の誅を干(をか)す。政典に曰く、『時に先んずる者は殺して赦す無く、時に及ばざる者は殺して赦す無し』と。今予爾(なんぢ)有衆を以て、天罰を奉将す。爾衆士、王室に力を同じくし、尚(こひねが)はくは予を弼(たす)けて、欽みて天子の威命を承けよ。
現代語訳
仲康(ちゅうこう、夏の王)がはじめて天下の位についたとき、胤侯(いんこう)は命を受けて六軍をつかさどった。羲和(ぎか、暦をつかさどる官)はその職務を捨てて、自分の領地で酒にふけっていた。胤侯は王命を受けて討伐に向かった。軍勢に告げて言った。「ああ、わが軍勢よ。聖人には謀りごとと教えがあり、明らかな証しがあって国を安定させ守る。先王はよく天の戒めをつつしみ、臣下はよく常の法を守り、百官は身を修めて君主を補佐したので、君臣ともに明らかであった。毎年初春には、布告の役人が木鐸(ぼくたく、木の舌の鈴)を鳴らして道々に触れ回り、役人たちは互いに正し合い、職人はそれぞれの技芸の仕事を通して諫めた。もし恭しく従わない者がいれば、国には定まった刑罰がある。ところがこの羲和は、その徳をひっくり返し、酒におぼれて乱れた。官職に背いて持ち場を離れ、はじめて天の暦を乱し、遠くその職務を捨て去った。そして晩秋の九月一日、日と月が房宿で重ならずに日食が起こると、楽師は太鼓を打ち鳴らし、小役人は馬を走らせ、民衆は走り回って騒いだ。それなのに羲和はその官にありながら何も知らず、天の現象に暗く迷って、先王の定めた誅罰を犯した。政典(夏の法典)には『時に先立って暦を示した者は殺して赦さず、時に遅れた者も殺して赦さない』とある。今、私はそなたたち軍勢を率いて、天の罰をつつしんで行う。そなたたち兵士は王室のために力を合わせ、どうか私を助けて、つつしんで天子の威光ある命令を受けよ。
解説
関連する章句
-
尚書・伊訓惟れ元祀(げんし)十有二月乙丑、伊尹先王に祠(まつ)り、嗣王を奉じて祗(つつし)みて厥(そ)の祖に見(まみ)えしむ。侯甸(こうでん)の群后咸(みな)在り、百官己を総べて以て冢宰(ちようさい)に聴く。伊尹乃ち明らかに烈祖の成徳を言ひ、以て王を訓(をし)へて曰く、「嗚呼(ああ)、古(いにしへ)の有夏の先后、方(まさ)に厥の徳を懋(つと)め、天災有る罔(な)し。山川鬼神も亦寧(やす)からざる莫(な)く、鳥獣魚鼈(ぎよべつ)に暨(およ)ぶまで咸若(したが)ふ。其の子孫に于(お)いて率(したが)はず、皇天災を降し、手を我が命有るものに仮る。攻を造(はじ)むるは鳴条よりし、朕が哉(はじ)めは亳よりす。惟れ我が商王、聖武を布昭し、虐に代ふるに寛を以てし、兆民允(まこと)に懐く。今王厥の徳を嗣ぐは、初めに在らざる罔し。
-
尚書・胤征其れ爾衆士、懋めて戒めんかな」と。
-
尚書・太甲上惟れ嗣王阿衡(あかう)に恵(したが)はず。伊尹書を作りて曰く、「先王天の明命を顧諟(こし)し、以て上下の神祇に承(つか)ふ。社稷宗廟、祗粛(ししゆく)ならざる罔し。天厥(そ)の徳を監(み)て、用(も)て大命を集め、万方を撫綏(ぶすい)せしむ。惟れ尹躬(みづか)ら克く厥の辟(きみ)を左右し、師に宅(を)らしむ。肆(ゆゑ)に嗣王丕(おほ)いに基緒を承く。惟れ尹躬ら先づ西邑の夏を見るに、周(まこと)有りて終はり有り、相(しやう)も亦惟れ終はり有り。其の後の嗣王克く終はり有る罔く、相も亦終はり罔し。嗣王戒めよや。爾(なんぢ)の厥の辟たるを祗(つつし)め。辟にして辟たらずんば、厥の祖を忝(はづかし)めん」と。王惟れ庸(つね)にして念ひ聞く罔し。伊尹乃ち言ひて曰く、「先王昧爽(まいさう)に丕(おほ)いに顕らかにし、坐して以て旦(あした)を待つ。旁(あまね)く俊彦(しゆんげん)を求め、後人を啓迪(けいてき)す。厥の命を越えて以て自ら覆ること無かれ。
-
尚書・胤征厥の渠魁(きよくわい)を殲(つく)し、脅従は治むる罔く、旧く汙俗に染むものも、咸与に惟れ新たにせん。嗚呼(ああ)。
-
尚書・伊訓臣下匡(ただ)さずんば、其の刑は墨、具(つぶさ)に蒙士に訓(をし)ふ。嗚呼(ああ)、嗣王厥(そ)の身を祗(つつし)み、念へや。聖謨洋洋として、嘉言孔(はなは)だ彰(あき)らかなり。惟れ上帝は常ならず、
-
尚書・堯典黎民於(ああ)変じ時(こ)れ雍(やはら)ぐ。乃ち羲・和に命じて、欽(つつし)みて昊天(かうてん)に若(したが)ひ、日月星辰を暦象し、敬みて民に時を授けしむ。分かちて羲仲に命じて、嵎夷(ぐうい)に宅(を)らしむ、暘谷(やうこく)と曰ふ。寅(つつし)みて出づる日を賓(みちび)き、東作を平秩す。日は中(なか)ばし星は鳥、以て仲春を殷(ただ)す。厥(そ)の民は析(わか)れ、鳥獣は孳尾(じび)す。申(かさ)ねて羲叔に命じて、南交に宅らしむ、明都と曰ふ。南訛(なんくわ)を平秩し、敬みて致す。日は永く星は火、以て仲夏を正す。厥の民は因り、鳥獣は希革(きかく)す。分かちて和仲に命じて、西土に宅らしむ、昧谷(まいこく)と曰ふ。寅みて納(い)る日を餞(おく)り、西成を平秩す。宵は中ばし星は虚、以て仲秋を殷す。厥の民は夷(やす)らぎ、鳥獣は毛毨(まうせん)す。申ねて和叔に命じて、朔方に宅らしむ、幽都と曰ふ。朔易を平在す。日は短く星は昴、以て仲冬を正す。厥の民は隩(をく)し、鳥獣は氄毛(じようまう)す。帝曰く、「咨(ああ)、汝羲暨(およ)び和。期は三百有六旬有六日、閏月を以て四時を定め歳を成せ」と。允(まこと)に百工を釐(をさ)め、庶績咸(みな)熙(ひろ)まる。帝曰く、「疇(たれ)か咨(はか)りて時(これ)に若(したが)ふものを登庸せん」と。放斉曰く、「胤子朱(しゆ)啓明なり」と。帝曰く、「吁(ああ)、嚚訟(ぎんしよう)なり、可ならんや」と。帝曰く、「疇か咨りて予が采(こと)に若ふものあらん」と。驩兜(くわんとう)曰く、「都(ああ)、共工方(まさ)に鳩(あつ)めて功を僝(あらは)す」と。帝曰く、「吁、
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る