証道歌 / 『証道歌』指を月と取り違える
亦愚癡。亦小騃。空拳指上生實解。執指為月枉施功。根境法中虛捏怪。 不見一法即如來。方得名為觀自在。了即業障本來空。未了應須還夙債。 飢逢王膳不能餐。病遇醫王爭得瘥。在欲行禪知見力。火中生蓮終不壞。勇施犯重悟無生。早時成佛于今在。
新字:亦愚痴。亦小騃。空拳指上生実解。執指為月枉施功。根境法中虚捏怪。 不見一法即如来。方得名為観自在。了即業障本来空。未了応須還夙債。 飢逢王膳不能餐。病遇医王争得瘥。在欲行禅知見力。火中生蓮終不壊。勇施犯重悟無生。早時成仏于今在。
書き下し
亦た愚癡、亦た小騃。空拳の指上に実解を生ず。指を執りて月と為し枉げて功を施す。根境法の中に虚しく怪を捏ぐ。 一法も見ざるを即ち如来とし、方に観自在と名づくることを得。了ずれば即ち業障は本来空なり、未だ了ぜざれば応に須く夙債を還すべし。 飢えて王膳に逢うも餐すること能わず、病みて医王に遇うも争でか瘥ゆることを得ん。欲に在りて禅を行ずるは知見の力なり、火中に蓮を生じて終に壊れず。勇施重を犯すも無生を悟り、早時の成仏は于今在り。
現代語訳
愚かで、ものわかりも悪いのです。空っぽの拳の指の上に、確かなものがあると思い込みます。指を月だと思い込んで、むだな努力をします。感覚と対象と法のなかで、むなしく妖怪をこしらえています。 一つの法も見ないことが如来であり、そこでようやく観自在と呼べます。悟れば業の障りはもともと空ですが、悟らなければ、前世からの借りを返さなければなりません。 飢えているのに王の食事を前にして食べられず、病んでいるのに名医に会ってもどうして癒えるでしょうか。欲の中にいて禅を行うのは、知見の力です。火の中に蓮を生じて、決して枯れません。勇んで施し重い罪を犯した人も無生を悟り、早い時に成仏した例は今も伝わっています。
解説

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