証道歌 / 『証道歌』根本を得れば枝葉は憂えない
但得本。莫愁末。如淨琉璃含寶月。既能解此如意珠。自利利他終不竭。 江月照。松風吹。永夜清宵何所為。佛性戒珠心地印。霧露雲霞體上衣。 降龍缽。解虎錫。兩鈷金環鳴歷歷。不是標形虛事持。如來寶杖親蹤跡。 不求真。不斷妄。了知二法空無相。無相無空無不空。即是如來真實相。
新字:但得本。莫愁末。如浄琉璃含宝月。既能解此如意珠。自利利他終不竭。 江月照。松風吹。永夜清宵何所為。仏性戒珠心地印。霧露雲霞体上衣。 降竜鉢。解虎錫。両鈷金環鳴歴歴。不是標形虚事持。如来宝杖親蹤跡。 不求真。不断妄。了知二法空無相。無相無空無不空。即是如来真実相。
書き下し
但だ本を得れば、末を愁うること莫かれ。浄き琉璃の宝月を含むが如し。既に能く此の如意珠を解せば、自利利他、終に竭きず。 江の月照らし、松の風吹く。永夜の清宵、何の為す所ぞ。仏性の戒珠は心地に印し、霧露雲霞は体上の衣なり。 龍を降す鉢、虎を解く錫。両鈷の金環は鳴ること歴歴たり。是れ形を標して虚しく事に持するに非ず、如来の宝杖の親しき蹤跡なり。 真を求めず、妄を断たず。二法は空にして無相なりと了知す。無相にして無空、不空ならざる無し。即ち是れ如来の真実相なり。
現代語訳
ただ根本を得ればよく、枝葉を心配してはいけません。澄んだ瑠璃が宝石のような月を含むようなものです。この如意珠の意味を知りさえすれば、自分を利し他人を利することは、決して尽きません。 江に月が照り、松に風が吹きます。長い夜の澄んだ宵に、何をすることがありましょう。仏性の戒めの珠は心に刻まれ、霧や露、雲や霞は身にまとう衣です。 龍を降した鉢、虎を解き放った錫杖。二つの輪の金環は、はっきりと鳴り響きます。これは形ばかりを示して空しく持つものではなく、如来の宝の杖が自ら残した足跡です。 真を求めず、妄を断ちません。真と妄の二つはともに空で、定まった形がないと知っているからです。形がなく、空でさえなく、空でないものもありません。これがそのまま如来の真実のすがたです。
解説

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