証道歌 / 『証道歌』毫釐の差は千里の失
非不非。是不是。差之毫釐失千里。是則龍女頓成佛。非則善星生陷墜。 吾早年來積學問。亦曾討疏尋經論。分別名相不知休。入海算沙徒自困。 卻被如來苦訶責。數他珍寶有何益。從來蹭蹬覺虛行。多年枉作風塵客。 種性邪。錯知解。不達如來圓頓制。二乘精進沒道心。外道聰明無智慧。
新字:非不非。是不是。差之毫釐失千里。是則竜女頓成仏。非則善星生陥墜。 吾早年来積学問。亦曽討疏尋経論。分別名相不知休。入海算沙徒自困。 却被如来苦訶責。数他珍宝有何益。従来蹭蹬覚虚行。多年枉作風塵客。 種性邪。錯知解。不達如来円頓制。二乗精進没道心。外道聰明無智慧。
書き下し
非なるも非ならず、是なるも是ならず。毫釐を差えば千里を失う。是なれば則ち龍女も頓に成仏し、非なれば則ち善星も陥墜を生ず。 吾れ早年より学問を積み、亦た曽て疏を討ね経論を尋ぬ。名相を分別して休むことを知らず、海に入りて沙を算うるも徒らに自ら困しむ。 却って如来に苦く訶責せらる、他の珍宝を数うること何の益かあらん。従来蹭蹬として虚しく行くことを覚え、多年枉げて風塵の客と作る。 種性は邪にして、知解を錯る。如来の円頓の制に達せず。二乗は精進すれども道心を没し、外道は聡明なれども智慧無し。
現代語訳
非も、非とは言い切れません。是も、是とは言い切れません。ほんのわずかな違いが、千里の誤りになります。是であれば、龍女もたちまち成仏しますが、非であれば、善星比丘も地獄に落ちます。 私は若いころから学問を積み、注釈を探し経や論を調べました。名や相を分けることを止めることを知らず、海に入って砂を数えるようなもので、むなしく自分を苦しめました。 かえって如来にきびしくしかられました。他人の宝を数えて何の益があるのか、と。これまでつまずき、むなしく歩いてきたと気づきました。長い年月、無駄に旅の塵にまみれた客となっていたのです。 生まれつきの性質が邪で、知識による理解を誤っていました。如来の円満で頓悟の教えに達しなかったのです。二乗の人は励んでも道を求める心を失い、外道の人は賢くても智慧がありません。
解説

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