証道歌 / 『証道歌』罪福を問わぬ寂滅の性
無罪福。無損益。寂滅性中莫問覓。此來塵鏡未曾磨。今日分明須剖析。 誰無念。誰無生。若實無生無不生。喚取機關木人問。求佛施功早晚成。 放四大。莫把捉。寂滅性中隨飲啄。諸行無常一切空。即是如來大圓覺。 決定說。表真乘。有人不肯任情徵。直截根源佛所印。摘葉尋枝我不能。
新字:無罪福。無損益。寂滅性中莫問覓。此来塵鏡未曽磨。今日分明須剖析。 誰無念。誰無生。若実無生無不生。喚取機関木人問。求仏施功早晩成。 放四大。莫把捉。寂滅性中随飲啄。諸行無常一切空。即是如来大円覚。 決定説。表真乗。有人不肯任情徴。直截根源仏所印。摘葉尋枝我不能。
書き下し
罪も福も無く、損も益も無し。寂滅の性の中に問い覓むること莫かれ。此の来の塵鏡は未だ曾て磨かず、今日分明に須く剖析すべし。 誰か無念なる、誰か無生なる。若し実に無生ならば不生も無し。機関の木人を喚び取りて問え。仏を求めて功を施せば早晩にか成らん。 四大を放ちて、把捉すること莫かれ。寂滅の性の中に飲啄に随え。諸行は無常にして一切は空なり、即ち是れ如来の大円覚なり。 決定して説き、真乗を表す。人有りて肯んぜず、情に任せて徴むれば、直截の根源は仏の印する所なり。葉を摘み枝を尋ぬることは我能くせず。
現代語訳
罪も福もなく、損も得もありません。静まりきった本性のうちに、あれこれ尋ね求めてはいけません。これまで塵に覆われた鏡は一度も磨かれませんでしたが、今日こそはっきり分けて見きわめなければなりません。 誰が無念であり、誰が無生でしょうか。もし本当に生がないのなら、生じないということもありません。からくりで動く木の人形を呼んで尋ねてみなさい。仏を求めて努力を重ねても、いつ成就するでしょうか。 地水火風の身を手放して、つかまえようとしてはいけません。静まりきった本性のなかで、飲みたいときに飲み、食べたいときに食べなさい。あらゆる営みは移ろい、すべては空です。それがそのまま如来の大いなる完全な悟りです。 はっきりと言い切り、真の教えを示します。もし受け入れず、感情のままに問いただす人がいても、まっすぐ根源をつくこの教えは仏が認めたものです。枝葉をつまんで探し回るようなことは、私にはできません。
解説

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