樵談治要抄録 / 遅滞せず裁く
媚をなして理をまげんは、かへす〱口惜かるべし、御法にも奉行をさしをきて、別人に付て訴訟をいたす事をば、停止せらるといへども、時に從へ事によるべし、いかにも内奏强緣をもても、歎き申すべきヿなるべし、又諸人の愁は、緩怠に過たるはなし、むなしく廿ヶ日を過ば、庭中を出すべき制法ありといへども、理運の訴訟にいたりては、いかにも不日にこれを申さたすべし、いはんや一所懸命の地、人に妨げられん輩においては、明日を期せざる存命也、いかでか慈悲の心をもて、あはれみをたれざらんや、所詮親疎を論ぜず、理非にまかせて、私の賄賂にふけらず、公方の瑕瑾にならざる樣に、正路に申さたせん奉行人においては、別て臨時の勸賞も行はれて、後昆の忠勤をすゝめらるべきものをや、
新字:媚をなして理をまげんは、かへす〱口惜かるべし、御法にも奉行をさしをきて、別人に付て訴訟をいたす事をば、停止せらるといへども、時に従へ事によるべし、いかにも内奏強縁をもても、嘆き申すべきヿなるべし、又諸人の愁は、緩怠に過たるはなし、むなしく廿ヶ日を過ば、庭中を出すべき制法ありといへども、理運の訴訟にいたりては、いかにも不日にこれを申さたすべし、いはんや一所懸命の地、人に妨げられん輩においては、明日を期せざる存命也、いかでか慈悲の心をもて、あはれみをたれざらんや、所詮親疎を論ぜず、理非にまかせて、私の賄賂にふけらず、公方の瑕瑾にならざる様に、正路に申さたせん奉行人においては、別て臨時の勧賞も行はれて、後昆の忠勤をすゝめらるべきものをや、
書き下し
媚をなして理をまげんは、かへす〱口惜かるべし、御法にも奉行をさしをきて、別人に付て訴訟をいたす事をば、停止せらるといへども、時に從へ事によるべし、いかにも内奏强緣をもても、歎き申すべきヿなるべし、又諸人の愁は、緩怠に過たるはなし、むなしく廿ヶ日を過ば、庭中を出すべき制法ありといへども、理運の訴訟にいたりては、いかにも不日にこれを申さたすべし、いはんや一所懸命の地、人に妨げられん輩においては、明日を期せざる存命也、いかでか慈悲の心をもて、あはれみをたれざらんや、所詮親疎を論ぜず、理非にまかせて、私の賄賂にふけらず、公方の瑕瑾にならざる樣に、正路に申さたせん奉行人においては、別て臨時の勸賞も行はれて、後昆の忠勤をすゝめらるべきものをや、
現代語訳
媚びへつらって理を曲げるのは、かえすがえす口惜しいことでしょう。御法にも、奉行を差し置いて別の人に付いて訴訟をすることは停止されていますが、時と事によるべきです。何としても内々の奏上や強い縁故を用いてでも、嘆き申すべきことでしょう。また諸人の憂いは、遅延に勝るものはありません。むなしく二十日を過ぎれば庭中を出す制法がありますが、理運の訴訟に至っては、何としても遅滞なくこれを沙汰すべきです。まして一所懸命の地を人に妨げられる者においては、明日を期せない命です。どうして慈悲の心で哀れみをかけずにおれましょうか。結局、親疎を論ぜず、理非にしたがい、私の賄賂にふけらず、公方の瑕瑾にならないよう、正しい筋で沙汰する奉行人に対しては、特に臨時の勧賞も行われて、後に続く者の忠勤を勧められるべきでしょうに。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段曰く、其の詫人より礼銀を受けとり、事を取り持つは、商人ばかりにて候や。商人の外にも、此の類あるべきことなり。答ふ、商人多くは道を聞かざる故、かやうの類有り。又道を知りて、事を取り捌く者は、左様の不義はせざることなり。仮令御領家領の庄屋年寄にても、上の正しき御政道を受けて、事を取り持つ身として、小百姓より、礼銀などを請け取ること有るべきに非ず。元来士と云はるる身が、下々より密々に、礼銀などを請くることあらば、定めて贔屓の沙汰に至るべし。下々と並んで、何ごとにても取り持つ人を、士と云ふべきか。其は盗人と云ふ者にて、士にはあらず。上にたつ人、下より賂などを受けて、政道たつべきや。仮令当分は知れずとも、天知る地知る我知る人知るなれば、終にはあらはれて、天の罰を受くべし。天罰を知らざる者、天下静謐の世に有るべからず。然れ共売人は士にあらざれば、かやうなる不義有るなり。毫釐ほども道に志あらば、なすべきことに非ず。
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尚書・呂刑獄貨は寶に非ず。
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『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段相模守殿家人と公文と相論有りしが、相模守殿家人の無理なれども、評定の面々、時の権威に恐れて、理非を分かたざる所に、青砥是を分明に分く。此の時公文大いに悦び、其の夜半に、鳥目三百貫文、青砥が屋舗へ、後の山より落し入れぬ。青砥是を見て喜ばずして、残らず返し遣はして言ふ様は、相模守殿よりこそ、褒美をば受くべき所なり。公事を分明に分くるは、相模守殿を思ひたてまつるゆゑなり。天下の理非正しきは、相模守殿喜びたまふべき所なりとぞ言ひける。かくの如き者は、士の中に入るべし。才知は青砥に劣る人も有るべし。不義の物を受けざるほどの事、青砥に劣らば、士とは云はれまじ。ここを以て見れば、世の人の鏡と成るべき者は士なり。子曰く、蓋し之有らん、
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『春秋左氏伝』襄公十年 篳門閨竇の訴へ王叔陳生、伯輿と政を爭ふ。王、伯輿を右(たす)く。王叔陳生怒りて出奔す。河に及ぶ。王之を復し、史狡を殺して以て說(よろこ)ばしむ。入らず、遂に之に處る。晉侯、士匄をして王室を平がしむ。王叔と伯輿と焉に訟ふ。王叔の宰と、伯輿の大夫瑕禽(かきん)と、獄に王庭に坐す。士匄之を聽く。王叔の宰曰く、「篳門閨竇(ひつもんけいとう)の人にして、皆其の上を陵ぐ。其れ上為ること難し」と。瑕禽曰く、「昔、平王東遷するに、吾が七姓、王に從ひ、牲用備具す。王之に賴り、而して之に騂旄(せいばう)の盟を賜ひて曰く、『世世職を失ふ無かれ』と。若し篳門閨竇ならば、其れ能く東に來り底(いた)らんや。且つ王何ぞ焉に賴らん。今、王叔の相たりしより、政は賄を以て成り、刑は寵に放(したが)ふ。官の師旅、其の富に勝へず。吾能く篳門閨竇無からんや。唯だ大國之を圖れ。下にして直無くんば、則ち何をか正と謂はん」と。范宣子曰く、「天子の右くる所は、寡君も亦た之を右け、左くる所は亦た之を左く」と。王叔氏と伯輿とをして要を合せしむ。王叔氏、其の契を舉ぐる能はず。王叔、晉に奔る。書せざるは、告げざればなり。單靖公、卿士と為り、以て王室を相く。
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『春秋左氏伝』昭公二十七年 范献子、賄を取る秋、扈に會す。周を戍(まも)らしめ、且つ公を納るるを謀るなり。宋・衛皆公を納るるを利とし、固く之を請ふ。范獻子、貨を季孫に取り、司城子梁と北宮貞子とに謂ひて曰く、「季孫未だ其の罪を知らずして、君之を伐つ。囚へられんことを請ひ、亡げんことを請ふも、是に於いてか獲ず。君又克たずして、自ら出づ。夫れ豈に備へ無くして能く君を出ださんや。季氏の復するは、天之を救ふなり。公徒の怒りを休め、叔孫氏の心を啟く。然らずんば、豈に其れ人を伐ちて甲を說(と)き冰を執りて以って游ばんや。叔孫氏、禍の濫(ひろ)がらんことを懼れて、自ら季氏に同じくす。天の道なり。魯君、齊に守ること三年にして成る無し。季氏甚だ其の民を得、淮夷之に與す。十年の備へ有り、齊・楚の援有り、天の贊有り、民の助け有り、堅守の心有り、列國の權有り。而も敢へて宣べず。
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『論語と算盤』仁義と富貴・金力悪用の実例あるいは取り扱い上の面倒があるので、正当なる売買の以外に、ごく軽微な何らかのことはあるかも知れないけれども、さきに発現した海軍収賄事件のような大仕掛けの罪悪は、いやしくも双方悪い考えが一致しなければ出来ぬ筈である。よし一方から賄賂を贈って来ても、一方がこれを受けぬと言えば仕方がない。また役人に不心得な者があって、婉曲にあるいは露骨に贈賄を促したとて、御用商人たる実業家が、自己の良心に省みて面目信用を大切に思う者ならば、必ずそんな要請には応じない筈である。やむを得ずばその取引を断っても、そんな罪悪は成立せぬようにすることが出来る筈である。私どもはしかあるべきものと固く信じている。

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