樵談治要抄録 / 富を積む愚かさ
國中の治否只此職による、尤器用に補せられれば、撫民の義に叶ふべきかと云々、此式條の如くならば、時にしたがひ、人をえらびて、其職に補せらるべき由みえたるにや、しかるに當時の躰たらく、上裁にもかゝはらず、下知にもしたがはず、ほしいまゝに權威をもて他人の所帶を押領し、富に富をかさね、欲に欲をくはふる事は、さし當りてヿかけたるゆへにはあらず、只無用の事のしたさと、人かずを多くそへんとのため成べし、もとより富貴の家に、いたづらに寶を貯へて人に施さぬは、思出もなき事なるべし、妻子珍寶及王位とて、死ぬる時は、我め子も、たからも、位をも、一として身にそへぬ事にこそ、佛もとき給ふなれ、されば猿樂田樂のかけものにし、傾城白拍子の纏頭にあたふるヿは、さらに非分の事にはあらざるべし、只世のそしりをうけ、人の怨をおふは、無理非道の押領をなすゆへ也、又人數のほしきとも誰かはねがはしからぬ事にはあらざれど、正躰なき家人に取領を多くあて行へば、
新字:国中の治否只此職による、尤器用に補せられれば、撫民の義に叶ふべきかと云々、此式条の如くならば、時にしたがひ、人をえらびて、其職に補せらるべき由みえたるにや、しかるに当時の体たらく、上裁にもかゝはらず、下知にもしたがはず、ほしいまゝに権威をもて他人の所帯を押領し、富に富をかさね、欲に欲をくはふる事は、さし当りてヿかけたるゆへにはあらず、只無用の事のしたさと、人かずを多くそへんとのため成べし、もとより富貴の家に、いたづらに宝を貯へて人に施さぬは、思出もなき事なるべし、妻子珍宝及王位とて、死ぬる時は、我め子も、たからも、位をも、一として身にそへぬ事にこそ、仏もとき給ふなれ、されば猿楽田楽のかけものにし、傾城白拍子の纏頭にあたふるヿは、さらに非分の事にはあらざるべし、只世のそしりをうけ、人の怨をおふは、無理非道の押領をなすゆへ也、又人数のほしきとも誰かはねがはしからぬ事にはあらざれど、正体なき家人に取領を多くあて行へば、
書き下し
國中の治否只此職による、尤器用に補せられれば、撫民の義に叶ふべきかと云々、此式條の如くならば、時にしたがひ、人をえらびて、其職に補せらるべき由みえたるにや、しかるに當時の躰たらく、上裁にもかゝはらず、下知にもしたがはず、ほしいまゝに權威をもて他人の所帶を押領し、富に富をかさね、欲に欲をくはふる事は、さし當りてヿかけたるゆへにはあらず、只無用の事のしたさと、人かずを多くそへんとのため成べし、もとより富貴の家に、いたづらに寶を貯へて人に施さぬは、思出もなき事なるべし、妻子珍寶及王位とて、死ぬる時は、我め子も、たからも、位をも、一として身にそへぬ事にこそ、佛もとき給ふなれ、されば猿樂田樂のかけものにし、傾城白拍子の纏頭にあたふるヿは、さらに非分の事にはあらざるべし、只世のそしりをうけ、人の怨をおふは、無理非道の押領をなすゆへ也、又人數のほしきとも誰かはねがはしからぬ事にはあらざれど、正躰なき家人に取領を多くあて行へば、
現代語訳
国中の治まると治まらぬとは、ただこの職による。ことに器量ある者が補されれば、民をいつくしむ道にかなうだろう」云々とあります。この式条のとおりなら、時にしたがい人を選んで、その職に補されるべきことが見えるでしょう。ところが当時の有様は、上の裁きにもかかわらず、下知にも従わず、ほしいままに権威をもって他人の所帯を押領し、富に富を重ね、欲に欲を加えることは、さしあたって不足しているからではなく、ただ無用なことをしたがる気持ちと、人数を多く加えたいためでしょう。そもそも富貴の家がむやみに宝を貯えて人に施さないのは、思い出にもならないことです。「妻子・珍宝及び王位」とあって、死ぬ時は我が子も宝も位も、一つとして身に添わないと、仏も説かれたといいます。ですから猿楽・田楽への賭け物にし、傾城・白拍子への祝儀に与えることは、決して不相応なことではないでしょう。ただ世の謗りを受け、人の恨みを負うのは、無理非道の押領をするからです。また人数が欲しいのは誰しも願うことですが、正体のない家人に所領を多く当てがえば、
解説
この章句が説くこと
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『呻吟語』内篇・問學・只だ是れ器度小なり學者の大病痛は、只だ是れ器度小なり。
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『政談』諸役人器量の選別なる事諸役に各々その掌りありて、人の器量もその役儀に随ひて撰ひ別なるへし、老中なとは政務の本締なれは国政の全体に通達し、依怙贔負なく人の善きを育てゝをとなしき人にあらすんはその職に叶ひかたし、其の中に老中は遠大の智恵あらは瑣細なる働なくとも然るへし、若老中は仮令遠大成る智恵のかたは少くとも才智の筋を専らにすへし、両役ともに人を知り人を見出すことを職分の第一となすへし、右に云たる如くにつかさどりのすずを分けは、その筋々に随ひて器量の撰ひ人別なるへし、
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『重職心得箇条』第十一条胸中を豁大(かつだい)寛広にすべし。僅少の事を大造に心得て、狹迫なる振る舞いあるべからず。仮令(たとえ)才ありてお其の用を果たさず。人を容るる気象と物を蓄うる器量こそ、誠に大臣の体と云ふべし。
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『十善法語』巻第六・不惡口戒秦ノ始皇カ古書ヲ燔キ。儒者ヲ坑ニシ。阿房宮ヲ造営セシ。晋ノ武帝カ羊車ニ乗テ後宮ニ遊ヒシ類。心ノ憍慢ヨリ起ル。実ヲ剋シテ云ハ。ミナ小器量ニ摂ス。若万民ヲ以テ子トセハ。儒者モ邪魔ニハナラヌ。天下ヲ以テ家トセハ。阿房宮ハ狭小ナル造営シヤ。天地陰陽ノ和合ヲ楽ハ。別ニ多人ヲ後宮ニ閉置ニハ及ヌシヤ。誠ノ大丈夫ハ此ニ異ナル所有ヘキシヤ。
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歎異抄・第十二条たとい自余の教法は勝れたりとも、自らがためには器量及ばざれば、つとめがたし。 我も人も生死を離れんことこそ諸仏の御本意にておわしませば、御妨げあるべからず」とて、にくい気せずは、誰の人かありて仇をなすべきや。
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『政談』諸役人器量の選別なる事御目付は殿中御史の職なり、非法をたゝすを当職とす、法式になれすしては叶はさることなり、当時は御老中若老中のつかひものゝやうになりたるは、若老中に下つかさなき故なり、寺社奉行は寺社のをさめを第一とし、出家社家等に不法なきやうに下知すること当職なるへし、左れは寺社の古実も達せすんはあるへからす、地方は算勘の職別の仔細なし、町奉行は町の治を第一とし、町方に悪人多く出て町中治まらすんは町奉行の越度たるへし、寺社奉行も地方奉行も町奉行も当時は公事を捌くことを重とする故、治めのかたをは誰心付く人なし、治め悪しきときはたれも悪事も上たことなく、公事のことは別に公事奉行を立てゝ法律に通達したる人を用ゆへし、斯の如く御役の筋皆各別にて器量の筋も変り有ることなるに、当時は御老中若老中寺社奉行の外は、皆大方は目付より立身することなる故、何れの役も目付の風なり、又勲階と云ふ事のなき故立身の筋大方極まりて、一役を十年も二十年も一代に勤むるやうにすること成りかたし、役々の器量を相応に撰む筋失行たり、

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