樵談治要抄録 / 名は末代の名
後々は過分になりて、いさゝかも氣にあはぬ事のあれば、主をもとりかへんとす、かゝる事は、まのあまりに見をよぶ事ども也、又人を尋ぬるよし聞傳へて、あなたこなたより、ふしぎの物どもが、一旦の給恩を貪らん爲に、名字を出すといへども、一大事に臨み、戰場などに赴く時は我先にと落うせて、折角の用に立者は是まれ也、木曾義仲は、藩東を立し時、五萬騎と聞えしかども、粟津の原にて討死する時は、主從二騎になれるがごとし、かるがゆへに、用にもたゝぬ猛勢はかへりて仇と成ためしあり、名と利との二は、いづれも人の願ふ事なれど、利は一旦の利也、名は末代の名也、武士の一命をすつるも、名をおもふがゆへなるに、無理非道の惡名をば、何とも思はぬは、命よりも寶は猶おしき物にや侍らん、慈鎭和尙と申人の、萬の事は、道理といふ二の文字にこもりて侍ると申給へるが、我領知を人にとられじとすると、人の領知をゝさへてとらんとする其道理はいづ方に有べきぞや、本より欲界の衆生なれば、
新字:後々は過分になりて、いさゝかも気にあはぬ事のあれば、主をもとりかへんとす、かゝる事は、まのあまりに見をよぶ事ども也、又人を尋ぬるよし聞伝へて、あなたこなたより、ふしぎの物どもが、一旦の給恩を貪らん為に、名字を出すといへども、一大事に臨み、戦場などに赴く時は我先にと落うせて、折角の用に立者は是まれ也、木曽義仲は、藩東を立し時、五万騎と聞えしかども、粟津の原にて討死する時は、主従二騎になれるがごとし、かるがゆへに、用にもたゝぬ猛勢はかへりて仇と成ためしあり、名と利との二は、いづれも人の願ふ事なれど、利は一旦の利也、名は末代の名也、武士の一命をすつるも、名をおもふがゆへなるに、無理非道の悪名をば、何とも思はぬは、命よりも宝は猶おしき物にや侍らん、慈鎮和尚と申人の、万の事は、道理といふ二の文字にこもりて侍ると申給へるが、我領知を人にとられじとすると、人の領知をゝさへてとらんとする其道理はいづ方に有べきぞや、本より欲界の衆生なれば、
書き下し
後々は過分になりて、いさゝかも氣にあはぬ事のあれば、主をもとりかへんとす、かゝる事は、まのあまりに見をよぶ事ども也、又人を尋ぬるよし聞傳へて、あなたこなたより、ふしぎの物どもが、一旦の給恩を貪らん爲に、名字を出すといへども、一大事に臨み、戰場などに赴く時は我先にと落うせて、折角の用に立者は是まれ也、木曾義仲は、藩東を立し時、五萬騎と聞えしかども、粟津の原にて討死する時は、主從二騎になれるがごとし、かるがゆへに、用にもたゝぬ猛勢はかへりて仇と成ためしあり、名と利との二は、いづれも人の願ふ事なれど、利は一旦の利也、名は末代の名也、武士の一命をすつるも、名をおもふがゆへなるに、無理非道の惡名をば、何とも思はぬは、命よりも寶は猶おしき物にや侍らん、慈鎭和尙と申人の、萬の事は、道理といふ二の文字にこもりて侍ると申給へるが、我領知を人にとられじとすると、人の領知をゝさへてとらんとする其道理はいづ方に有べきぞや、本より欲界の衆生なれば、
現代語訳
後々は過分になって、少しでも気に合わないことがあれば、主人をも取り替えようとします。こうしたことは、あまりにも目にし及ぶことです。また人を探していると聞き伝えて、あちらこちらから怪しい者どもが、一時の給恩を貪るために名乗り出ますが、一大事に臨み戦場などに赴く時は、我先にと逃げ失せて、せっかくの用に立つ者はまれです。木曽義仲は、領国を出た時五万騎と聞こえましたが、粟津の原で討ち死にする時には主従二騎になったほどです。ですから、役に立たない大勢はかえって仇となる例があります。名と利の二つは、誰もが願うことですが、利は一時の利であり、名は末代の名です。武士が一命を捨てるのも名を思うゆえなのに、無理非道の悪名を何とも思わないのは、命よりも宝は惜しいものなのでしょうか。慈鎮和尚という人が、「万事は道理という二文字にこもっている」と言われたそうですが、自分の領地を人に取られまいとしながら、人の領地を押さえて取ろうとするその道理は、どちらにあるのでしょうか。もとより欲界の衆生なので、
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『樵談治要抄録』・富を積む愚かさ國中の治否只此職による、尤器用に補せられれば、撫民の義に叶ふべきかと云々、此式條の如くならば、時にしたがひ、人をえらびて、其職に補せらるべき由みえたるにや、しかるに當時の躰たらく、上裁にもかゝはらず、下知にもしたがはず、ほしいまゝに權威をもて他人の所帶を押領し、富に富をかさね、欲に欲をくはふる事は、さし當りてヿかけたるゆへにはあらず、只無用の事のしたさと、人かずを多くそへんとのため成べし、もとより富貴の家に、いたづらに寶を貯へて人に施さぬは、思出もなき事なるべし、妻子珍寶及王位とて、死ぬる時は、我め子も、たからも、位をも、一として身にそへぬ事にこそ、佛もとき給ふなれ、されば猿樂田樂のかけものにし、傾城白拍子の纏頭にあたふるヿは、さらに非分の事にはあらざるべし、只世のそしりをうけ、人の怨をおふは、無理非道の押領をなすゆへ也、又人數のほしきとも誰かはねがはしからぬ事にはあらざれど、正躰なき家人に取領を多くあて行へば、
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徒然草・第38段名利に使はれて静かなる暇なく、一生を苦しむるこそ愚かなれ。財多ければ身を守るにまどし。害を買ひ煩ひを招く媒なり。身の後には金をして北斗を支ふとも、人の為にぞ煩はるべき。愚かなる人の目を喜ばしむる楽しび、又あぢきなし。大きなる車、肥えたる馬、金玉の飾りも、心あらむ人はうたて愚かなりとぞ見るべき。金は山にすて、玉は淵になぐべし。利に惑ふは、すぐれて愚かなる人なり。埋もれぬ名をながき世に残さむこそあらまほしかるべけれ。位高くやんごとなきをしも、勝れたる人とやはいふべき。愚かに拙き人も、家に生れ時にあへば、高き位にのぼり、驕りを極むるもあり。いみじかりし賢人聖人、みづから卑しき位にをり、時に遇はずして止みぬる、また多し。偏に高き官位を望むも、次におろかなり。智恵と心とこそ、世に勝れたる誉も残さまほしきを、つらつら思へば、誉を愛するは人の聞きを喜ぶなり。誉むる人、毀る人、共に世に留まらず、伝へ聞かむ人またまた速かに去るべし。誰をか恥ぢ、誰にか知られむことを願はむ。誉はまた毀のもとなり。身の後の名残りて更に益なし。これを願ふも次に愚かなり。たゞし強ひて智をもとめ、賢をねがふ人の為にいはば、智恵出でては偽あり、才能は煩悩の増長せるなり。伝へて聞き、学びて知るは、まことの智にあらず。いかなるをか智といふべき。可不可は一条なり。いかなるをか善といふ。まことの人は、智もなく徳もなく、功もなく名もなし。誰か知り誰か伝へむ。これ徳をかくし愚を守るにあらず、もとより賢愚得失のさかひに居らざればなり。まよひの心をもちて名利の要を求むるに、かくの如し。万事はみな非なり。いふに足らず、願ふに足らず。
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『竹馬抄』・公の姿と最期の覚悟よろづのことにおほやけすがたと云と眼と云ことの侍るべきなり、このごろの人おほくはそれまでおもひわけて心がけたる人すくなく侍るなり、弓箭とりと云は、わが身のヿは申におよばず子孫の名をおもひて振舞べきなり、かぎりある命をおしみて永代うき名をとるべからず、さればとて二なき命をちりはいのどくにおもひて、死まじき時身をうしなふは、かへつていひがひなき名をとるなり、たとへば一天の君の御ため、または弓箭の將軍の御大事に立て身命をすつるを本意といふなり、それこそ子孫の高名をも傳へけれ、當座のけいさかひなどはよくてもあしくても家のふかく高名になるべからず、すべて武士は心をあはつかにうか〱とは持まじきなり、万のことに兼て思案してもつべきなり、常の心は臆病なれど、綱と云けるものゝ末武におしへけるも最後の大事を兼てならせとなるべし、おほくの人はみなその時にしたがひ折に望みてこそ振舞べけれとて、過るほどに俄に大事の難義の出來時はめいわくするなり、死べき期をおし過しなどして後悔するなり、よき弓とりと佛法者とは用心おなじことゝぞ申める、すべてなにごともこゝろのしづまらぬは口おしき事なり、人のこゝろときとも案者の中にのみ侍るなり、
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『初学訓』巻之四一名利の二は、衆人の好む所なり。されども、打まかせて好めば、道にそむき、かへつて、身のわざはひとなる。身に才学あり、徳行あるは、わが身の宝なり。これを以て、わが名を貪り、人に誉められんことを好むべからず。名を好めば実を失ひ、みづから誉めて、かへつて名を失ふ。人は、ただ誠をつとむべし。誠だにあれば、名は、求めざれども、おのづから来る。故に、名は実の賓と、古人もいへり。名を好めばみづから誉む。いやしむべし。利とは財宝利禄なり。つとむべき家業をよく勤め行へば、利は、求めずしておのづから来る、此方より求むべからず、利を求むれば必ず害あり。おそるべし。実をつとめずして、名と利とを好むは鄙狭なり。いやしむべし。
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『おもひで草』・和戰當否・義に喩る者と利に喩る者正論も時に合はずば非義なるべし、さらば其議論の上の判斷は姑く息めて、先其時世の形勢を明察にして、時に合ふ合はぬの差別を辨ふべきわざなりけり、又云、人各異也、勇める有り、怯劣さ有り、義に喩き有り、利に喩き有り、義に喩ければ利に疎し、かれ恥を知りて勇まし、利に喩ければ義に疎し、かれ恥を忍て心怯劣し、親食む鳥の梟のひれぶるに貪情ふかくて利にのみ喩き黨類は、たゞ交易のみを事として、あらぬ富貴を希ふめれば、かの罸棄てんといふ方をば嫌ふべし、縱令死すとも穗は啄じ、とおもひ擧れる箸鷹の高く雄々しき武士は、利を貪るの情露ばかりもなくて純一に夷賊の無禮を罸こらして、國の汚穢を雪がむとのみ欲すめれば、和らぎ親まん方を忌惡むべし、此も亦情のひくさなめれば、いづれを可とも否とも輙くとり定めてはいひがたし、たゞ利を欲すると義を欲するとの二の上の可否をだに辨へ知らば、その議論の上の可否はおのづから知らるべき理なるをや、
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葉隠・聞書第二何某(なにがし)へ意見申し候は、「身持心入(みもちこころいれ)、今時の人に勝れ申され、結構の事に候。此の上、芸にて立ち上りたるところに眼を着けられ候へかし。今の分にては惜しき事に候。若し名人に成り御用に立ち候時、先祖以来の侍を立て通し、芸者にならるる事に候。御国の侍は、芸は身を亡すと、兼々(かねがね)見立て候は此の処にて候。御無人の時節などにも召し出されず候ても、一分(いちぶん)の覚悟は、御用に立ちたる事なり。多分大事の時は、潜(ひそ)かに相談きたる者は、人が捨て置かぬものなり。それに指南申すは、尚々(なおなお)忠義なり。他事なきものなる故、少し立ち上りたる者は、器量響く仕様もあり、何和尚(なにおしょう)と予て話しの由。彼の和尚は、皆人畏れて居るなり。明日にても、何事ぞ申され候を打ち崩し、せかせ候て上手(じょうず)の理にて云い伏せ、理詰(りづめ)仕らるべく候。諸人肝を潰し、云い伝え云い伝えて、頓(やが)て沙汰するものなり。手の理が得方(えかた)にて、鳴り廻るところを覚えたる人なり。少し精を入るれば慥(たし)かに成るものなり。「それは稽古にて成るべきや。」と申され候故、「易きことなり、当念に気を抜かさず、正念に着けられ候へかし。」と申し候。又十日の内に、国中に器量響くべきなり、上手の理を見出すまでなり。大犬をかみ伏せねば、響きなきものなり。大業(たいぎょう)がな申し候へば、「誠に利発なる和尚。」と申され候故、「左様に阻み申され候故、大業がならず、何のかうばしき事あるべきや。」誰にても、そくもやるまじきとかからねば、ほと手は延びず。又義経の勇智仁とのたまいしも、面白く候。今が世にも、四十歳より内は勇智仁なり。埋れ居り候衆は四十過ぎても勇智仁にてなくば響きあるまじく候。彼の和尚など、たった勇智仁を以て鳴り廻り、名高く聞え候。又殿様の御上(おんうえ)、御家老、年寄衆などの上は、たとえ上手の理を見附け候ても、人に批判をせぬものなり。聞えぬ事にても御尤もと理を附けて、諸人思い附く様に、褒め崇めて置くが忠義なり。人の不審いたす様に仕成(しな)すは、勿体(もったい)なきことなり。人の心は、移り易きものにて、一人褒むれば早やそれにかたぶき、一人譏(そし)れば悪ろく思うものなり。又どこへか有り附き候様にと何某申され候由、先年承り候。左様の時は日来(ひごろ)の懇意愛想も尽きて、したたかに申したるがよく候事を、破れぬ様に結構づくに取合い候へば、うさんに思わるるものなり。斯様の事に味方の人より転ぜられ、引き腐らかさるる事あるものなり。飢え死んでも御家来の内なり。殿立て通すことは仏神の勧めにも見向も仕らざる合黙(ごうもく)にて、朽ち果て申さるべし。」と申し候由。

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