呻吟語 / 内篇・問學・只だ是れ器度小なり
學者大病痛,只是器度小。
新字:学者大病痛,只是器度小。
書き下し
學者の大病痛は、只だ是れ器度小なり。
現代語訳
学ぶ者の大きな病は、ただ器と度量が小さいことです。
解説
学ぶ者の欠点を一つに絞ります。知識の不足でも努力の不足でもなく、器の小ささ。器が小さければ、いくら学んでも入る量が限られ、しかも入ったものを誇ってしまいます。前の段の、目先の見識で高ぶる者という話とつながっており、学べば学ぶほど器の大きさが問われるという構図です。短いぶん、繰り返し思い出せる形になっています。
この章句が説くこと
器量度量病学問狭さ
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