歎異抄 / 第十二条
たとい自余の教法は勝れたりとも、自らがためには器量及ばざれば、つとめがたし。 我も人も生死を離れんことこそ諸仏の御本意にておわしませば、御妨げあるべからず」とて、にくい気せずは、誰の人かありて仇をなすべきや。
書き下し
たとい自余の教法は勝れたりとも、自らがためには器量及ばざれば、つとめがたし。 我も人も生死を離れんことこそ諸仏の御本意にておわしませば、御妨げあるべからず」とて、にくい気せずは、誰の人かありて仇をなすべきや。
現代語訳
たとえ他の教えのほうが優れていたとしても、自分の器量ではとても及ばないので、努めることができない。私たちも他の人々も、迷いの世界を離れることこそが諸仏の本意であるのだから、妨げになるはずがない』と言って、憎らしい態度を取らなければ、いったい誰が敵となって害を加えるだろうか。
解説
自分に合った道を選ぶことは、他の道を否定することとは違う、という当たり前でありながら忘れがちな道理が語られている。自分の器量を正直に認めることは、卑下することではなく、無用な争いを避けて穏やかに歩むための知恵でもある。他人の選んだ道を尊重しながら、自分の道を静かに歩む姿勢が、ここには示されている。誰もが同じやり方で迷いを離れられるわけではないという前提に立てば、比べ合う必要そのものがなくなっていく。
この章句が説くこと
器量生死を離れる争わない知恵
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人物志・接識故に一流の人は、能く一流の善を識る。二流の人は、能く二流の美を識る。
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