樵談治要抄録 / 先徳の陰徳に学ぶ
武道の專一也、一遍聖のやうなるたぐひは、一旦歸依渴仰すといへども、世のわづらひとはならず、それもいたるなるは、佛法の正理にあらざるべし、昔の大師先德は、求法のため、風波の難を顧みず、もろこし船のともづなをとき經論聖敎を渡しても更に是を私せず、悉く朝庭に奉れるを、御覽有て則返し給はり、世に廣むべき由の勅諚をうけて、わづかに得分とては、度者の二人三人を申うけ候ばかり也、度者といふは、今の世のやうに、思ふさまに出家する事はかなはず、公方のゆるされをかうぶりて、髮をそり、衣をそめしかば、我宗をも相承せしめ、又年よりて杖ともせむがため、これを申うけし也、毎年人數を定め、ゆるされをかうぶりて、其寺につけをくをば、年分度者と申也、出家をゆるさるゝをもて、是を功德とも稱し、又朝恩とも思ひ侍る也、今の世にも大法會の時は、度者の使とてたてらるゝは昔しを忘れぬばかりにて、其實なき事なるべし、かゝるゆへに諸宗の今に繁昌せるは、ひとへに大師先德の陰德のいたす所なり、
新字:武道の専一也、一遍聖のやうなるたぐひは、一旦帰依渇仰すといへども、世のわづらひとはならず、それもいたるなるは、仏法の正理にあらざるべし、昔の大師先徳は、求法のため、風波の難を顧みず、もろこし船のともづなをとき経論聖教を渡しても更に是を私せず、悉く朝庭に奉れるを、御覧有て則返し給はり、世に広むべき由の勅諚をうけて、わづかに得分とては、度者の二人三人を申うけ候ばかり也、度者といふは、今の世のやうに、思ふさまに出家する事はかなはず、公方のゆるされをかうぶりて、髪をそり、衣をそめしかば、我宗をも相承せしめ、又年よりて杖ともせむがため、これを申うけし也、毎年人数を定め、ゆるされをかうぶりて、其寺につけをくをば、年分度者と申也、出家をゆるさるゝをもて、是を功徳とも称し、又朝恩とも思ひ侍る也、今の世にも大法会の時は、度者の使とてたてらるゝは昔しを忘れぬばかりにて、其実なき事なるべし、かゝるゆへに諸宗の今に繁昌せるは、ひとへに大師先徳の陰徳のいたす所なり、
書き下し
武道の專一也、一遍聖のやうなるたぐひは、一旦歸依渴仰すといへども、世のわづらひとはならず、それもいたるなるは、佛法の正理にあらざるべし、昔の大師先德は、求法のため、風波の難を顧みず、もろこし船のともづなをとき經論聖敎を渡しても更に是を私せず、悉く朝庭に奉れるを、御覽有て則返し給はり、世に廣むべき由の勅諚をうけて、わづかに得分とては、度者の二人三人を申うけ候ばかり也、度者といふは、今の世のやうに、思ふさまに出家する事はかなはず、公方のゆるされをかうぶりて、髮をそり、衣をそめしかば、我宗をも相承せしめ、又年よりて杖ともせむがため、これを申うけし也、毎年人數を定め、ゆるされをかうぶりて、其寺につけをくをば、年分度者と申也、出家をゆるさるゝをもて、是を功德とも稱し、又朝恩とも思ひ侍る也、今の世にも大法會の時は、度者の使とてたてらるゝは昔しを忘れぬばかりにて、其實なき事なるべし、かゝるゆへに諸宗の今に繁昌せるは、ひとへに大師先德の陰德のいたす所なり、
現代語訳
武道の第一です。一遍上人のような類は、一時は帰依され渇仰されても、世の煩いとはなりません。それも極端になるのは、仏法の正しい道理ではないでしょう。昔の大師や先徳は、法を求めるため風波の難をも顧みず、唐の船の纜を解いて経論聖教を渡しても、少しも私物とせず、ことごとく朝廷に奉りました。それをご覧になって返し賜り、世に広めるよう勅命を受けて、わずかな得分としては、度者の二人三人を申し受けるだけでした。度者というのは、今の世のように思うままに出家することはかなわず、公方の許しを受けて髪を剃り衣を染めたので、自分の宗をも相承させ、また年老いて杖ともするために、これを申し受けたのです。毎年人数を定め、許しを受けてその寺に付けておくのを年分度者と言います。出家を許されることを功徳とも称し、また朝恩とも思ったのです。今の世でも大法会の時に度者の使いとして立てられるのは、昔を忘れないだけで、実質のないことでしょう。こうしたわけで、諸宗が今に繁昌しているのは、ひとえに大師先徳の陰徳のなす所です。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『春秋左氏伝』僖公元年 師に私無し元年春、即位を稱せざるは、公出づるが故なり。公出でて復た入るを書せざるは、之を諱むなり。國の惡を諱むは、禮なり。諸侯邢を救ふ。邢人潰え、出でて師に奔る。師遂に狄人を逐ひ、邢の器用を具へて之を遷す。師私無し。夏、邢夷儀に遷る。諸侯之に城くは、患ひを救ふなり。凡そ侯伯、患ひを救ひ、災ひを分かち、罪を討つは、禮なり。秋、楚人鄭を伐つ、鄭齊に即くが故なり。犖に盟ふ、鄭を救はんことを謀るなり。九月、公邾の師を偃に敗る。虛丘の戍の將に歸らんとする者なり。冬、莒人來たりて賂を求む。公子友諸を酈に敗り、莒子の弟拏を獲。卿に非ざるなり、獲たるを嘉するなり。公季友に汶陽の田、及び費を賜ふ。夫人氏の喪齊より至る。君子以へらく、齊人の哀姜を殺すや、已甚しと爲すと。女子は人に從ふ者なり。
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『墨子』兼愛下泰誓に曰く、「文王は日の若く月の若く乍ち照らし、四方に光り、西土に于てす」と。即ち此れ文王の天下を兼愛するの博大なるを言うなり。之を譬うるに日月の兼ねて天下を照らして私有ること無きがごとし。即ち此れ文王の兼なり。子墨子の謂う所の兼なる者と雖も、文王に於て法を取れり。
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孟子・盡心章句下孟子曰く、「堯・舜は性のままなる者なり。湯・武は之に反るなり。動容周旋、禮に中る者は、盛德の至りなり。死を哭して哀しむは、生者の為に非ざるなり。經德回ならざるは、以て禄を干むるに非ざるなり。言語必ず信なるは、以て行いを正すに非ざるなり。君子は法を行いて、以て命を俟つのみ。」
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説苑・貴德楚王荘辛に問ひて曰く、「君子の行ひは奈何」と。荘辛対へて曰く、「居るに垣牆を為さざるも、人能く毀傷すること莫し。行くに周衛に従はざるも、人能く君を暴すること莫し。此れ君子の行ひなり」と。楚王復た君子の富は奈何と問ふ。対へて曰く、「君子の富は、人に貸すも徳とせず、責めざるなり。其の飲食を人に食はしむるも使はず、役せざるなり。親戚之を愛し、衆人之を喜び、不肖なる者すら之に事ふ。皆其の寿楽にして患に傷まざらんことを欲す。此れ君子の富なり」と。楚王善しと曰ふ。
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『太上感応篇』善行・恩を施して報いを求めず辱を受くるも怨みず、寵を受くるも驚くが若し。恩を施して報いを求めず、人に与へて追ひて悔いず。
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『関聖帝君覚世真経』第四段・吾れ本と私無し、惟だ善人を佑く万禍雪のごとく消え、千祥雲のごとく集まらん。諸ろ此くの如き福は、惟だ善のみ致すべし。吾れ本と私無し、惟だ善人を佑く。衆善奉行せよ、厥の志を怠ること毋かれ。

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